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優紀の興奮はそれからなかなか治まらなかった。ひとしきり歓声を上げ、狂喜乱舞した優紀はようやく落ち着きをとりもどした。彼女は満面の笑みを浮かべながら、再びカウンターの向こう側へ戻った。鬼崎も椅子に座り、優紀と向かい合った。
「私、絶対に忘れないよ。りゅうちゃんに差し出されたハンカチのこと……」
優紀が髪をかきあげながらそう云った。
「……ハンカチのこと……?」
「そうだよ。中学三年の夏のことよ」
その言葉を聞いた鬼崎は、埋没した記憶を呼び戻そうと必死に頭を捻った。
「……覚えてないの? 私が学校を飛び出していった日のことよ」
「……あ……ああ」
鬼崎の脳裏に蘇った微かな記憶が、徐々に明確になっていった。
それは夏休みが明けてすぐのことだったと記憶している。海で日焼けした男子たちに混じって、同じく小麦色に日焼けした優紀が笑い声をあげながら歓談していた。優紀と鬼崎は3年生になってはじめて同じクラスになっていた。
そう、あれは長い昼休みが終わりかけたころだ。突然、優紀の金切り声が教室にこだました。優紀は完全に冷静さを失い、クラスの男子になにごとかを叫んでいる。彼女が掴みかかっていたのは、クラスでも一番の遊び人と噂される木島勇人だった。
豹変し、憤怒の表情に支配された優紀が、ものすごい勢いで木島にくってかかっている。ひとり本を読んでいた鬼崎は、顔をあげ心底、驚いた。優紀のキャラはそのころクールなイメージが強かったと記憶している。
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