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夕暮れの赤い太陽の光線が皮膚に突き刺さる。けだるい晩夏の午後6時、周囲には焦燥と倦怠の重苦しい空気が充満していた。
鬼崎龍昇は鉛のような脚をひきずりながら、新宿の街はずれをとぼとぼと歩いていた。
「……今日も一日、俺は無力だった」
胡乱のまま、ひとり呟く鬼崎は自らを嘲笑するかのように口許を緩めた。汗まみれの白いTシャツが皮膚にはりつく。首筋を流れる汗に不快感が募る。涼を求めようにも、人が大勢いるところは避けたい。鬼崎は少し背中を丸めながら、人気のない方を目指して、緩慢に歩を進めていた。
卒然とした不安が持ち上がっては、沈んでいく。葛藤と憔悴、そうかと思えば混乱と激情、思えばこの数か月というもの、鬼崎は危機的な状態にあった。
――発端は、彼の恋人、漆原智美だった。
突然、彼女が別れを告げてきたとき、鬼崎は吃驚し、天を仰いだ。痙攣する四肢の震えが止まらない。彼は震撼し、しばし思考が停止した。
「……頼む、さとみ、僕の世界が崩壊してしまう。さとみ、さとみ……君なしでは……君なしでは……僕はこの世から消滅してしまう……」
新しい男と出会い、二週間前にベッドを共にしたわ、と嘲る智美が鬼崎を睥睨し、断絶の視線を投げかけた。
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