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彼は、ただとぼとぼと赤く燃え上がる西の空に向かって歩いていた。いま自分がどこを歩いているのか、鬼崎は正確に認識していなかった。気分の赴くまま、脚が動くままに彼は歩き続けた。
新宿の街はずれから自分がどの方向に向かって歩いているのかすら、鬼崎は認識していなかった。まばらに立ち並ぶ商業ビル群を抜け、住宅街へと進む。都心に暮らす家族の理想の一戸建て。小さな家でも驚くような値段で売買される。
狭いワンルーム暮らしの鬼崎が羨望の眼差しで家々を眺める。自分には手の届かない都心の一戸建て。彼は侘しい気分に蹂躙された。
行きかう人々が寡黙に歩いている。周囲にいる人たちがどことなく無表情に見える。誰もがよそ見することなく黙々と目的地に向かって歩いているのだろう。
エコバックを乗せた自転車の主婦、塾へと向かう小学生、ロックを聴きながら速足で歩く女子高生、汗をぬぐう半そでのサラリーマン風、それはどこにでもある夕暮れの風景に違いない。
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