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突如として鬼崎の眼前に古い商店街のアーケードが現れた。丁度、なだらかにカーブした道の先に不意に出現した商店街、きっと地域住民たちの生活を支える、なくてはならない場所に違いない。
人気は避けたいものの、鬼崎はほぼ無意識に商店街の入り口へと進んでいった。まるで見覚えのない古い商店街。新宿のはずれにこんな商店街があったかな? 鬼崎は訝し気に歩を進めた。
高いアーケードの両側に店舗がひしめいている。ところどころシャッターが閉まっている店舗がある。鮮魚店、精肉店、八百屋、文房具店、駄菓子屋、スポーツ用品店、喫茶店、大衆食堂、不動産屋、パン屋、かばん屋――。ざっと見渡したところ、さまざまな店舗が軒を連ねている。
なんだか懐かしい。鬼崎は幼き頃、母に手を引かれ、毎日のように訪れていた郷里の商店街を思い出した。小さいけれど活気にあふれた町の商店街、鬼崎はその場所が大好きだった。
鬼崎の口許がほころぶ。彼は強い郷愁の念にかられた。茫洋と歩を進めた鬼崎は商店街のなかへと進んだ。買い物客はまばらだ。暮れなずむ街に住む住民たちは、それぞれの家庭で夕餉の時間を迎えているに違いない。
「お兄さん、いい魚がまだ残ってるよ、安くしとくよ!」
不意に鮮魚店の大将に声をかけられた。鬼崎はビクッと肩を押し上げると、背中を丸めながら「ああ……は、はい」とだけ反応した。
鬼崎は、いたたまれない気持ちで足早に鮮魚店の前を通り過ぎた。ひとり暮らしの鬼崎に自炊の習慣はない。彼は場違いな場所に迷い込んじゃったかな、と少しだけ後悔した。精神のバランスを崩してからは、とくに他人とのコミュニケーションが、とんでもなく億劫になった。彼は足早に数メートルさきに進んだ。
鬼崎は一旦停止すると、深呼吸し、またゆっくりと歩きだした。
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