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咄嗟のことに鬼崎は、どのように反応してよいものか分からなかった。親友との突然の再会、そして唐突な感謝の言葉。鬼崎はただ茫洋としつつ、「ああ、うん。俺も……俺も神林には感謝してるよ」とだけ応えるのが精いっぱいだった。
神林に別れを告げると鬼崎は再び歩き出した。神林から手渡された黒いカードには白字で「と」と書かれていた。
商店街の勾配がまた少しきつくなってきた。鬼崎は、50メートル先にあるというSilver Moonというバーをとりあえず目指してみることにした。
どうやらすっかり日が暮れたようだ。買い物客はまばらになっていたが、相変わらず商店街の多くの店舗は営業を続けている。体内時計のずれたアブラゼミが夕闇のなかで元気よく鳴いていた。
神林に教えられたSilver Moonは確かに存在していた。木製のドアの周囲の壁は鮮やかな青に染められている。ドアのうえの壁面にSilver Moonという赤いネオンが輝いていた。
「優紀か……」
鬼崎は深い溜息をついた。中学の同級生だった美木多優紀、鬼崎の脳内で朧な記憶が蘇生しつつあった。それはあまり思い出したくない過去の記憶だった。
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