運命の風 〜剣を持つ魔法使い 外伝〜

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 夕陽が沈む。  ひんやりとした風の渡る小高い丘に腰を下ろして、男はその遥かな地平を見つめている。淡いグレイの瞳は鋭く、厳しいが、穏やかな水面のように静かでもある。  肩にかかる黒い髪、精悍な貌立ち。歳の頃は三十五、六か。シャツもズボンも胴着も黒づくめという姿はすらりとした長身で、一瞥ではほっそりとしている風に見えても、その実鋼の筋肉に鎧われているのに違いなかった。なんとなれば彼は比類なき戦士、傍らに置かれた剣はよく手入れされ、遣い込まれて、さながら皮膚の一部ででもあるかのように、彼の掌にしっくりと馴染んでいるのであった。  男は沈黙の民。一族の、個々に課せられた血の宿命に従い、戦士を選んだ彼が剣一口(ひとふり)を携えて故郷を離れたのは、もう思い出すのも叶わぬほと遠い昔のことである。さすらい、流れて、この小さな国に居ついて三月になる。沈黙の民の素性は遍く諸国に知られており、この小国の王は彼が戦士と知るや大層喜んで、士官として召し抱えた。自らの軍隊の剣術指南とするためであった。辺境の小国のこととて、そうそう戦があるわけではないが、拓かれておらぬ地にはそれなりの苦境がある。近隣の大国から大国へ、戦に向かう軍勢やら流浪の騎馬の民やらが、行きがけの駄賃とばかりに狼藉を働いてゆくことがままあるのである。  頭を低くしてやり過ごせばよいとはいえ、無頼の輩に襲われた妻や娘、その家族にとっては災難の一言では済まされまい。そんなところへ沈黙の民------戦士の宿命を持った------がやって来たのである。  彼に厳しく鍛え直された警備兵たちは、もう単なる飾り物ではなくなった。荒くれどもの撃退は言うに及ばず、街の治安もいっそうよくなって、沈黙の民の存在はいよいよ価値あるものとして、大事にされたのであった。  が------  沈黙の民の裡なる血は、決してひとつ処に身を置きつづけることを良しとはせぬ。国の大小が問題なのではなく、戦のあるなしがどうというのでもなく、彼はただ、おのが剣の才を最大限に活かせる終の場所を探しつづけているのであった。
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