1人が本棚に入れています
本棚に追加
プロローグ
「――だから言ったでしょ。死んじゃうって」
ジルはあきれながらも、アキラの傷を治療していく。
「うっさいわね、いいでしょ別に。死んでないんだし」
傷だらけの身体を大木にもたれさせながら、アキラはジルに文句を言う。
「……じゃあ、いっぺん死んでみる?」
ジルの口から物騒な言葉が出たと同時に、治療の手を止める彼女にアキラは慌てた。
「ちょっ、何やめてんのよ!?」
「アナタが生意気なコトばかり言うからでしょ。いつもいつも無茶ばっかりして。だいたいアキラは……」
治療の手を止めたままジルの説教がはじまったことに、本格的にヤバイと感じた。
――このままじゃマジで死ぬ、と。
「ジル、ゴメン。あたしが悪かった。だから治療続けて下さい、お願いします」
懇願するアキラに説教モードになっていたジルは「あら? そう」と納得し、願い通り治療を再開した。
――ったくコイツは。一つのコトに集中すると周りが見えなくなるんだから。
そんなジルと出逢ったのは半年前。
アキラがこの異界にきて、師匠らの元で修行をはじめて、ひと月ほど経った頃だ。
――必死だった。とにかくこの世界で生きていく術を身に付けないと、ただのギャル女子高生の自分じゃ、こんな魔法やモンスター(だと思う)が存在する世界ではすぐにおっ死んでしまう。
だが、アキラはまだ運が良かった。
それは、異界で最初に出会ったのがモンスターなどではなく、賢者と腕の立つ剣士夫婦だったからだ。
アキラはダメ元でその夫婦に事情を説明した。自分はこの世界の人間ではないというコトを。できる限り簡潔に。説明を聞いた後、その夫婦が口にした言葉に、アキラは心底驚いた。
「ああ。アナタ『地球人』ね」
※
「――はい。治療おしまい」
「アリガトゴザイマス」
「何で片言?」
「別に。……おっ、痛くない。わっ、傷無くなってる」
切り傷、擦り傷だらけだった腕や足、打撲の痛みなどがキレイに消えていたコトに、アキラは感嘆の声を漏らした。
「ふふん。さすが私でしょ」
腰に手を当てわかりやすく胸を張るジルを、アキラは無言で見続ける。
「え? な、何」
「ジルってさ――完璧だよね」
「へ?」
「魔法は達者だし、頭良いし、背高くて美人だし……」
アキラのいきなりな褒め殺し文句にジルはとまどう。
ジルは、アキラがお世話になった師匠夫婦の娘である。アキラ一人で旅立たせるコトを心許ないと思った夫婦が、魔法に長けてる一人娘のジルを、彼女の旅のお供として遣わせたのだ。
「ついでに世界を見てこい!」と修行の一環も兼ねて。
ジルはアキラと同じ一六歳。魔法学校を主席で、しかも飛び級で卒業したばかりだった(本来卒業は十八歳らしい)。
長身で(一七○センチはあるだろ)、金髪のロングヘアーを後ろで束ねてる彼女を初めて見た時は、一瞬言葉を失った。
アキラは学生の傍ら、ファッション誌でモデルの仕事をしていた。母がデザイナー、兄が美容師というコトもあり、その方面に関心のあった彼女は、自らモデル事務所のオーディションを受け合格した。
仕事を始めて一年。幸運にも、念願の表紙を飾れるかもしれないというチャンスが訪れた日。所属事務所に向かう途中に起こった不運が今のアキラの現状だ。
そしてジルは、そんな仕事をしているアキラが見惚れるほどの容姿を持っている。
ジルに出逢った当初の自分は、ポンコツ魔法使いもいいとこだった。師匠にドヤされながらも、生来の負けず嫌いで何とか修行をやり遂げていた。そしてジルは、そんなあたしを時には笑顔で、時には笑顔でキレながら修行の相手をしてくれていた、いわば、第二の師匠といっても過言ではないかもしれない。
「ア、アキラが私を褒めるってめずらしいよね。どうしたの?」
いまだとまどってるジル。
こういうとこはホント可愛いと思う。
口にはしないけど。
「別に。ただ……」
「ただ?」
アキラは地面に置いていた自身のリュックを肩にかけ、目指す方向へと歩き出した。
「ちょっと、アキラ」
慌てて後を付いてくるジルに、アキラは続きの言葉を返した。
「ただ、感謝してるってコトよ」
最初のコメントを投稿しよう!