第1話 最初の町

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第1話 最初の町

「はい。お二人様二部屋ですね」  にぎやかな城下町に着いたのは正午を少し回った頃。そこで二人が最初に行ったのは、宿屋の予約だった。  ちなみにこの世界にも時計は存在している。アキラは持っていないが、ジルは左腕にシルバーのベルトで文字盤がピンクの腕時計をしていた。  ――いいな。どこのメーカーだろ? とふと考えたアキラは、いやいや、そもそもこの世界にメーカーってあるのか? と考え直した。 「ねえ、アキラ。夜まで時間あるし『ギルド』に行ってみない?」 「そうね。てかその前にお昼何か食べない? お腹空いた」 「たしかに。じゃあ、あそこのカフェテラスでランチしよっか」  ジルが提案した場所は、すぐ先に見える二階建ての建物で、その二階がカフェテラスになっており、若い女性達が食事を楽しんでいた。  アキラとジルはそこへ向かい、タイミング良く席が空いたので、そこで日替わりランチなるものを注文した。 「にぎやかな町ね」  二階のカフェテラス席から町を見下ろしながら、アキラは言う。 「えーっと、この『ヘンリー城下町』は下層、中層、上層と三つの階層に別れており、階級もそれらに倣っています……だって」  ジルは、店に置いてあったこの町のガイドブックに目を通しながら説明してくれる。 「へえ、そうなんだ。じゃあ、この場所はどこにあたるの?」 「んーっと、ここは中層だね。へぇ、物価や家賃も、階層に合わせた価格なんだ」 「てことは、自分の懐具合に見合う階層を選んで、皆生活してるってこと?」 「そうみたい。あ、でも、あえて下層で商売する人や、物価や家賃の安い下層に住んで、貯蓄するヒトもいるみたいだね」 「なるほど。おっ、ランチきた!」 「お待たせいたしました」と店員さんが運んできた日替わりランチ。中身は白身魚のムニエル、サラダ、野菜スープ、そして、小さくスライスされたバケットが二つ。 「バケットはおかわり自由ですので」とひと言そえ、店員さんはテーブルから離れた。 「いただきます」と二人して手を合わせ、目の前のランチに手をつける。 「ん、おいしい」 「ホント。これ、何の魚だろ?」 「えっと……真鯛って書いてるよ」  ジルは、ブラックボードの立て看板に書いてある『今日の日替わりランチ』を見て教えてくれた。  天気は快晴。雲一つ無い青空。  そしておいいしランチに活気ある町並み。 「はー、もうずっとこっちにいたいかも」  アキラが心底そう言うと、 「ふふ。単純だね、アキラは」  微笑ましくジルは返す。 「だって、あっちに戻ったらさ、やれ学校だ仕事だって忙しいしさ。時間も気にせずこんなのんびり旅するなんて絶対できないもん」  アキラは言いながら思った。こういうコト言うと、真面目で優等生気質のジルからお小言が返ってくるな、と。「こっちにいても一緒だよ」「勉強は大事だよ」「仕事は早い時期に経験した方がいいよ」とか。 「……行ってみたいな、私」 「え?」 「アキラのいた地球に」  ジルから返ってきたコトバは、アキラの予想と全然違った。 「え? 何、行きたいの?」 「うん」 「な、何で?」 「地球には魔法が無いんだよね?」 「う、うん」 「その代替として科学を多用している。魔法が存在しないのは、魔族や精霊が存在しない世界だから、使えなくて当たり前」  ジルの話は続く。 「この世界にも科学はあるよ。ただ、コストや燃費を考えると、どうしても魔法に頼っちゃうトコがあるからね」 「は、はあ……」  そんなジルの説明を、頑張って聞くアキラ。 「ほら、あそこにお掃除ロボットがあるでしょ?」 「え?」  ジルが指す方向には丸形の小さい機械が台座に載せられていた。その形はアキラも見たコトあるもの……というより、家にある。 「あれ、本来は電気で動くんだけど、魔力で動かす人もいるからね」 「はっ? てか、魔法で動くの?」 「勉強すれば、魔法だっていろいろ応用が利くのよ。ま、あれくらい小型だったら、電気コストもそんなにかからないけどね」  アキラは呆気にとられた。  何なのこの世界?  あたしが想像したものと何か違う。 「てか、ジル。地球について妙に詳しくない? 何でそんな知ってんの?」 「だって、学校で習うから」 「はっ?」  さも当然のようにジルは言う。 「な、習うって……習うって何!?」  アキラはいささか興奮気味にジルを問い詰める。 「え? 習うっていうのは学習するってコトで――」 「バカっ! 誰も習うの意味なんて聞いてないわよっ! え、じゃ、何? 地球って、アンタ達にとって身近な星なの? てか、じゃあ、この世界は何なの?」 「ちょっ、アキラ。落ち着いて」  ついには椅子から立ち上がり、声を張り上げるアキラをジルは一生懸命宥める。 「だいたい、何でこの世界にお掃除ロボットがあるのよ! おかしいでしょ。どこのメーカーよ」 「あそこにあるのは、確か『ニホン』の有名なメーカーじゃないかな?」 「あるのかよ! メーカーが……ん? てか、ちょっと待て。アンタ今『ニホン』って口走らなかった?」 「え? うん。言ったけど」 「……何で『ニホン』って言ったの?」 「何でって、アキラが訊いたんでしょ」  ジルは「何言ってんの?」というような表情で返す。  そんなジルを見て、アキラは一旦自分を落ち着かせるために深呼吸をし、椅子に座り直した。 「というよりアキラ、アナタ半年もこっちにいて、この世界のコト全然勉強しなかったの?」  あきれた調子でジルがアキラに問う。 「したわよ! た、ただ……」 「魔法と剣術しかしなかった?」 「!……し、仕方ないでしょ。そっちの方がおもしろかっ……コホン。じゃなくて、そっちを先に身に付けないと、この世界じゃやってけないって思ったから……」  必死に言い訳するアキラに、ジルはクスッと笑った。 「普通はそれと並行して歴史も学ぶものなんだけどな。……ま、いいわ。これから私がみっちり教えてあげる!」  張り切り笑顔で言うジルに、アキラは「げっ」と嫌そうに呟く。 「まずは……」とさっそく個人授業を開始しようとするジル。アキラが何とかそれを止める方法を考えているところに、 「食後のコーヒーはいかがですか?」  店員さんのすばらしいタイミングに、アキラは心の中で拍手を送った。
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