仲直りエッチ

1/1
前へ
/15ページ
次へ

仲直りエッチ

 文彰の出張は、日に日に増えていった。  日帰り、一泊、二泊と、日報も提出しない出張を、文彰の在籍する会社は喜んだ。親会社のソノザキグループホールディングスは、今後ソノザキ食品に力を入れていくと言ったらしい。初めて社長室に呼ばれた文彰は、ご機嫌な社長のそばで、俯いているだけだった。営業部長はただひたすら、「先方の機嫌を損なるな」と繰り返すばかりで、文彰が出張先で何をしているか、一度も尋ねてこなかった。 「……ふみ、ふみちゃん」 「はい……」  隣で眠る男が、腕を伸ばす。無遠慮な手が、文彰の胸元を暴こうと、浴衣を引っ張った。指が摘まみ慣れた乳首を、軽く引っ張る。親子に散々弄られて、赤くなった突起をこね回し、章太郎はむしゃぶりついた。 「んっ、ぅ」 「……会長…眠たい、です」  胸元に吸い付く男の髪を撫でる。視線を下げると、章太郎の右手の傷が視界に入ってしまい、文彰の気分は沈んだ。 「はぁ、っ会長じゃあ、ないだろぉ?」 「……章太郎くん」  鎌倉のホテルに呼び出されて二日目。ほとんどの時間をベッドで過ごしていた文彰は、疲れていた。襖が閉じられた和室には、敷かれた二組の布団。眠ろうと横になっても、すぐに男がのしかかってくる。離れようと、別室に行こうとしても、章太郎は犬のように後を付いてくるから参った。 「明日、しらす丼食べる約束したでしょ?いっぱい食べられるように、運動しないとね、ふみちゃん」  下半身にあたる一物に、文彰はうんざりしていた。今日だって食事以外、ほとんどセックスしていたようなものだ。生ガキや鰻を食べ、ティータイムには無花果を出された。どれも滋養強壮に良いのだと笑う男は、旺盛な性欲で文彰を抱いた。  中に出されて、出し尽くした文彰は、章太郎を宥めるように、背中に腕を回した。 「……章太郎くん、疲れた、眠たいよ」  甘えた声を出して、章太郎の右手を取った。傷痕を舐めて、甘噛みする。これも出張が増えてから、文彰の日課になっていた。  章太郎の右手を見たら、どうしても胸がざわついてしまう。天外の顔が浮かんで、右手の持ち主に同情しているのか、息子を憐れんでいるのか、分からなくなっていた。  傷が消えますように。  文彰の拙い舌遣いは、章太郎をいたく喜ばせた。愛おしさは「出張」の度に増して、寝床で腕枕をしては、睦言を囁いた。少しでも一緒にいたくて、「出張」の遣り繰りを――押し付けられた秘書の顔は引き攣っていたが、気にしなかった。  気に入らないことがあれば怒鳴り、周囲に当たり散らしていた権力者の姿は、もうどこにもなかった。 「疲れたね、ごめんね……マッサージでもしようか、ふみ」  いそいそと文彰の足に触れると、ふくらはぎを揉んだ。時間をかけて、文彰の体を開く指が、優しく動いていく。眠気が酷くなり、顔を枕に押し付けた。 「ふみ」  掛け布団の上、投げ出された足に章太郎がキスをする。熱心に足の甲にキスをしたり、指の股を舐めたりして、愛人の機嫌を窺った。ちらちらと物欲しそうな目に負けた文彰は、股を広げた。 「いいですよ」  喜び勇んで、年上の男は飛び付いた。息を乱して、文彰の股間をまさぐる。くたりと萎びたペニスを見つけると、愛おしそうに頬擦りをした。 「ふ、ふみっ、お前は横に、眠っていればいいからね」 「はい」  ぼんやりと高い天井を見上げた。文彰の「出張」が始まって数か月は経つ。肩たたき要員だと知っている天外に、怪しまれるとヒヤヒヤしたが、杞憂に終った。  天外の出張も必ず、文彰の「出張」に重なり、一昨日、工場のあるベトナムへ向かった。  マンションとか、先の話を片付けなくてはならないのに、これ幸いと、文彰は黙っていた。「出張」の言い訳を考えずに済んだ。それだけで、肩が少し軽くなる。ずるずると、呼び出されるまま章太郎に会っていた。 「んっ」  股に顔を埋め、章太郎は熱心に奉仕していた。ちらりと文彰が視線を落とすと、形の良い頭部が揺れていた。こうして見ると、頭の形まで、本当に親子そっくりだ。違うのはセックスのやり方ぐらいか。早急に、荒っぽく責める天外は、文彰に奉仕させたがる。父親は時間をかけて体を開くと、文彰に奉仕するようになった。 「あっ……んぅ、ん」 「ここが好きだね、ふみは」  亀頭を舌で舐めながら、章太郎は後孔を弄った。さっきまで章太郎を咥え込んで離さなかった口が、指に絡みつく。  欲しい欲しいと、甘えるように濡れていた。 「ふみぃ」  粘ついた声に、文彰はこくりと頷いた。足を持ち上げられ、挿入される。天外のいない間、すっかり馴染んだ雄を締め付け、仰け反った。 「ふみ、ふみぃっ、ふみの中、気持ちがいいよぉ」 「……っ、自分も、です」  抱き潰されて疲弊しても、また抱かれたら、快感を拾う。文彰は不安が芽生えていた。無事、天外と別れて、章太郎の呼び出しが無くなったら、自分は生きていけるだろうか。この年で、男を求める浅ましい未来を想像し、身震いした。  ――一刻も早く、別れなくては。 「ふみっ、ふみ! ふみちゃんっ!」  文彰の不安をよそに、章太郎は腰を振っていた。額から噴き出した汗が、ぱたぱたと落ちていく。文彰は喘ぎ声を上げながら、覆いかぶさる男を見上げた。  最初の呼び出しから、章太郎の態度は変化していた。威圧感は無くなり、べたりとした湿度のある声で、文彰を呼ぶ。疲れてセックスを断れば、捨てられた犬のような目で、見上げてくるのだ。  どうにか機嫌を取ろうと、文彰の周囲をうろつく年上を、億劫に感じるようになっていた。かといって呼び出しを断れば、会社や自分の身がどうなるか分からない。  早く、香園親子と穏便に別れたい。 「――い、いくっ、いっちゃうっ、しょうたろう、くんっ」  文彰は逞しい男の腰に、足を絡めた――早く別れたい。切実な願いだった。  庶民には行けない店で、食べさせられる食事、目玉が飛び出す値段のスーツ、そして理想的なセックスをしてくれる男よりも――文彰が最後までしがみつきたいのは、飼い殺しにしてくれる会社だった。 「ふみちゃんっ!」  痙攣し、ぎゅうぎゅうと蠢く内壁が、章太郎の何回目かの射精を受け止めた。ガクガクと律動を送り込まれ、文彰は中イキしながら泣いていた。  中出しされた温かい精子が、内壁に染み込んでいく感覚――尾てい骨辺りから、痺れが走る。最近、章太郎が「出張」にコンドームを一個しか持ってこない事。文彰が買って勧めても、はぐらかされるのが気がかりだった。  口にはしないが、文彰に中出ししたいのだ。  妊娠するわけでもないのに。 「ふみちゃん、ふみちゃん」  いや、妊娠しないから、好き放題できるのか。  口元が歪んで、文彰は泣き笑いの表情になった。章太郎は挿入したまま、愛人に口づけた。 「ねぇ、ふみぃ……いつ、息子と別れてくれるんだい?」  文彰の内心など露知らず、章太郎は窺った。早く息子と別れて欲しい。ずるずると天外と同居を続ける文彰が、歯痒かった。  別れて、同居を解消してくれ、マンションは用意するから――問い詰めたくなるのを堪えて、キスを繰り返した。  愛人の機嫌が悪くならないよう、軽く聞いたつもりだったが――目の前の顔は、蒼白になった。消え入りそうな声で「すいません」と謝られ、章太郎は慌てた。 「あ~、違うよ、違うよぉ。ふみちゃん、ね、そんなにね、深刻な顔をしないでくれよぉ」 「……すいません」  息子と別れたら、章太郎は堂々と、文彰を連れ歩くことができる。これからの人生――妻を亡くして十年経った。第二の人生の伴侶として、紹介しよう。マイノリティの運動が盛んな昨今、経団連会長として公表しても良い。  顔色が暗い文彰そっちのけで、章太郎の脳内は明るかった。 「ごめんなさい……」 「謝らなくていいよぉ、いいんだよ。時期を見てね、別れたらいいんだ。ね、明日は紅葉を見よう。それでしらす丼、食べようね」 「……はい」  下半身から再び、熱を感じた文彰は、できるだけ先のことを考えないよう――目を瞑った。  …… 「出張」が終わると、休日に入った。香園親子から解放されたと喜んだのも束の間、天外が家にいると分かり、憂鬱になった。  話を切り出されないよう、寝室になった私室で、こそこそしていたが――年下の男は、ずかずかと部屋に入ってくる。  文彰が二十年近く住み慣れた部屋を、模様替えをした男は、家主のように振舞っていた。まるで手垢を付けようと、予備のシャンプーが入った洗面台の下から、文彰のスーツのポケットまで、入念なチェックをした――当然、部屋の主だった男にも、遠慮は無くなる。ベッドにもたれかかっていた文彰に、抱き着いた。 「ふーみーあーきーさん、休日だし、出かけよ?」 「……どこに」 「ニトエ。ベッド、買いに行こ」 「今日はゆっくりしたいから」  動画でも観ようと、スマホを弄ろうとしたら、取り上げられる。ぽいっと、文彰の手の届かない場所に、放り投げられた。 「ちょっと、」 「次、まともに休み貰えるか分かんないから、ねぇ、ベッド、買いに行こう?」  甘えるような、いつもの上目遣い。天外もまだ大人しい段階だが、ここから文彰の返答次第で、態度が豹変する。  鎌倉で父親にも問い詰められ、いよいよ来たかと、文彰は背筋を正した。 「天外……はなし、あるから……リビングいこう」 「……なに、今言って」 「移動しよう」  ベッドで密着しながら、別れ話をするのは非常識だろう。はるか遠い昔、彼女と自然消滅した文彰は、別れを切り出す上手い方法が見つからなかった。  だが真剣な話をするなら、膝を突き合わせる必要があることぐらい、理解していた。 「大事な話だから……なぁ」 「……」  無言になった天外の背中を押して、リビングに向かった。天外が注文したソファに、ローテーブル。定位置となった場所にそれぞれ座り、向き合う格好になる。 「……なに」 「あの、な……」  天外の目から、感情が消えていた。ただじっと文彰の出方を待つように、息を潜めていた。 「――別れよう」  一呼吸、間を置くと、するりと口から出ていた。別れよう、うん、声は震えていなかったし、早口でもなかった。いい調子だと、文彰は内心、自分を元気づけた。 「俺たち、別れよう」  一度、発したら、今度はもっと簡単に言えた。反対に、文彰の鼓動はうるさくなっていた。ドクドクと血の巡りが早くなったのか、息が乱れる。  そっと胸を押さえながら、天外の――顔を見れなかったので、下を向きながら「あー」と言った。 「俺たち、歳も離れててさ、あー、天外はこれから未来があるわけだ……な、仕事だって、戦略企画とか花形だし、会社から期待されてるわけ、で……これから色々出会いもあると思うんだ、なぁ、お前はイケメンだし、エリートで、ねぇ、人なんて選り取り見取りだろ?でも、ほらぁ、理想とか高過ぎると結婚相手に苦労するぞ、はは……なぁ、天外、お前は若いんだから、これから同じ年の子と結婚して、子どもができて、家庭をね……――なぁ?」  これは天外のため。前から考えていた、別れるための口実をなんどか絞り出した。お前を思いやって、言ってるんだよ――納得してくれたかと、そっと視線を上げた。 「……てん、がい?」  目の前に座った男の瞳は、澄んでいた。アーモンド型の、くっきりとした目が、異様な静けさを持って、文彰を見つめていた。 「あ……わかって、くれた……?」  いつもだったら、キレて喚き散らす男が、無言を貫いている。怒りは感じられず、文彰は安堵から、笑みがこぼれた。  我ながら、まともな理由を考えられた。  納得してくれたのだと、天外の目を覗き込んだ――瞬間だった。すっと筋肉の張った腕が伸びてきた。 「ん?」  ふわりと、文彰の胸倉を掴む。天外がローテーブルに乗り上げるのを――走馬灯のように、文彰の目にはスローモーションに映っていた。 「――は?」  テーブルに乗り上げた太ももから、くるりと視界が天井に切り替わる。すぐに見慣れた美しい顔が、ドアップになる。能面のような顔が、目の前にあった。 「てん、――ぐっ」  どうして押し倒してるんだ?別れ話をしてる途中だろ、とか、文彰は色々言いたいことがあった。だからまず、名前を呼ぼうとしたのに、声が出ない。首に何かが、めり込んでいる――人の手だと、文彰が気が付いたのは、首を絞めようと、天外が手に力を込めた時だった。 「別れる?!!?!?!」 「ぐぅっ……がっ」  般若の形相で、天外は手に力を入れた。指を文彰の首を突き立て、締め上げる。組み敷いた体が、ばたばた抵抗するのを、膝に体重をかけて封じた。 「別れる?!!?別れる?!!あんた今、なんて言った?!?!!!もう一回言ってみろ!!!」  文彰の鳩尾に膝を押し付けると、くぐもった声が漏れる。悲鳴を上げようにも、首を絞められて、声が出せないのだ。将来を誓い合った恋人の顔が、だんだん赤くなっていくのを、天外は食い入るように見つめていた。 「あ゛、がぁ――が、ぁ゛っ」 「ねぇ?!文彰さん!!なんて言った?!今、なんて言った!!この前!!結婚するって言ったよな?!!ベッド買い換えて!!マンション引っ越すんだよ!!ハネムーンは!ニュージーランド!!結婚式は!フランスかアメリカ!!どっちがいいかって!!俺言ったよな?!!指輪!!!指輪の話!!指輪も選びに行くって言ったよな?!!!!」  唾を飛ばしながら、天外は責め立てた。首を絞めた年上の男は、顔は紅潮し、目が充血し始めている。息を吸おうとしているのか、開いた口から唾液が溢れて、天外の両手を濡らしていた。  もう少し、力を込めたら文彰は死ぬ――天外はしっかりと、両手の感覚を確かめた。馬乗りになった体は、少しずつ硬直して始めている。あと少し。天外の体は歓喜に打ち震えていた。  初めて恋をして、本気で好きになった人。将来を匂わされ、死ぬまで一緒だと泣いた。死んでも一緒なのだ、自分たちは。天外は泣き声を上げた。 「文彰さんっ、俺たち一緒だから!一緒だからっ、文彰さん死んだら俺もすぐ逝くからね!!!」  文彰の命を摘み取るのは、自分だ――天外はその事実に、涙を流していた。文彰の最期を見届けるのは、パートナーの特権だ。喜びに震えながら、温もりのある首をぎりぎりと締めていく。  仮に、自分達の関係を断ち切るものがあれば、それは「死」だと、天外は漠然と感じていた。文彰とは一回り以上、歳が離れている。自分は見届ける側だと――結婚話から、ある程度、天外は覚悟していた。 「あ゛、ぐぅ、がぁ……」 「あっちでも一緒だから!ねぇ!文彰さんっ!!!一緒だよ!!!」  でも「死」は一時的な別れでしかないと、天外は気を取り直した。文彰が死んだら、すぐに後を追えばいい。そうすれば、文彰を見つけられる。  死後の世界はわからないが――生前、自分たちは婚姻関係にあった。夫婦や恋人、親友といった特別な関係は、魂の結び付きがあったらいいのに。  いや、自分たちはある。どこに行こうと、文彰を見つけてみせる――決意した天外は、息の根を止めようと、更に力を入れた。 「俺たち一緒だから!!!」 「あ゛……あ゛ぁ゛……」  文彰の体は痙攣を起こしていた。手を振り回そうとしても、頭に酸素がいかず、目の前もぼやけている。意識が遠のいていく感覚がして――なけなしの恐怖心が、顔を出した。 「て゛、てぇ……がぁ、い゛……う゛、う゛そぉ、嘘、だ、だぁ、かか……ら゛――かぁ」 「……文彰さん?」  首を締め付ける力が、弱まる。ひゅっと隙間から、酸素が入ってきた。 「う、嘘……ご、ごごっ……ぉめん、ご、ごめ、んぅ」 「嘘……冗談?」  首からぽろりと指が外れる。気管が開く感覚がして、酸素が一気に入り込んできた。反動から、文彰は激しく咳き込んだ。 「がはぁ゛、っはっぁ、あ゛あ゛ぁ゛っ、がぁっ!」 「……なんで?なんで?なんでそんな冗談言ったの?……ねぇ、文彰さん?」  首を絞めていた手が、肩を揺さぶる。せき込みながら、ぼやけた視界を拭うと、そこには虚空を見つめる男がいた。  遣る瀬無い表情で、文彰を見下ろす。ここで返答をしくじったら、死ぬ――今しがた、殺されかけた文彰は、必死に頭を動かした。  酸素がいかず、何も考えられなくなった頭で「じょ、じょうだん」と単語を絞り出した。咽喉が詰まる感覚がして、また咳き込む。ふっと体が軽くなり、ラグに両肘をついた。だらだらと口元は唾液で汚れていたのに、また溢れ出して、床に滴り落ちていた。 「ご、ごめんっ、ごめん、ん゛っ、がっ、ふ、ふざけ、て、ご、ごめんっ、ほん、のっ、じょ、冗談っ、だ、ったん」 「……」  ラグに唾液を吐きながら、何度も謝った。肩で息をしていると、視界も少しずつクリアになっていく。おそるおそる頭を上げると、天外は赤くなった目元を押さえていた。 「冗談とか……簡単に言わないで」 「ご、ごめんっ、ごめんっ、本当に、ごめんっ」 「俺、ちゃんと文彰さんが死んだら、俺も死のうと思ってた。だって俺たち、結婚するから」  訥々と、傍から聞けば訳の分からない理屈を述べながら、天外は涙を拭う。文彰はまだ近くにある「死」を敏感に嗅ぎ取り――場を収めるために、頭を唾液まみれのラグに何度も押し付けた。 「ご、ごめんっ、ごめんっ」 「ねぇ?そうだよね?俺たち結婚、するんだよね?結婚して、死んでも俺たち一緒なんだよね?」 「そう、そうだよ、結婚するから、ごめんっ、結婚するから、結婚するからっ!」 「――じゃあ、仲直りエッチ、しよう」  ごんごんと頭を下げていた文彰は、そっと顔を上げた。数十秒前、文彰を殺しかけた年下は潤んだ目で「仲直りエッチ」と呟いた。 「……仲直り……?」 「うん、仲直りエッチしないと。文彰の軽い冗談で、俺は傷ついたから。俺がどれだけ傷ついたか、分かる?」 「……ごめん」 「死んでも俺たち、一緒だよ。でも文彰さんが死んで、俺が後を追っても、すぐ文彰さんと一緒になれるか分からないじゃん?リスキーだよ、死後の世界は。先人の記録とか残されてないから。未知数なんだ。それでも俺はちゃんと文彰さんと一緒になるって自信はある。あるけど、確かな方法はない。現状、精神論みたいなもので支えられてるわけで、確かな根拠が提示できない状態にあるんだよ。こうなると俺は不安なわけ。死んだ後のこと考えたら、文彰さんと一緒になれるかまだ不安で、だから今、こうやって一緒にいる時間を大切にしたいと思ってる。そこで文彰さんから軽率な発言をされて、傷ついたんだ。普通、こうなったら険悪になるよね。でも今こうやって冷静に話ができるのは、俺が文彰さんのことが好きで許せるからだよ?でもやっぱり、傷ついてる。どちらかが一方的に傷を持ったままだったら、溝ができると思うんだ。だからね、こうやって以前と同じように、カップルに戻るには、喧嘩の後の仲直りエッチが大事だと思うんだよ。ねぇ、仲直りエッチしないと。ねぇ?そうだよね?」 「……うん……?」  捲し立てられ、天外の言っていることが、半分も入ってこない。ぐらぐらとまだ不安定な視界の中、文彰は首を傾げた。 「仲直りしないと。俺たち、喧嘩してたんだよ。恋人同士で、文彰さんの――ほんの、軽い冗談のつもりでも、俺は傷ついたんだ。険悪になるとこだった。でも今は冷静に話もして、仲直りしようとしてる……まだ、しようとしてるんだよ?わかる?まだ完全に、仲直りしてないんだ。完全に、以前のような関係を取り戻すためにも、仲直りエッチしないと。ねぇ、仲直り。仲直りしないと、ねぇ、仲直り、ね――分かってる?俺の言ってること、意味、分かってる?俺のちんこ、文彰さんに突っ込んで、そこで仲直りなんだよ。それで俺の傷も癒える。ねぇ――わかる?俺の言ってること」 「……はい」  分からない。天外の言っていることは理解できないが、ここで「はい」と言わなければ、また首を絞められるかもしれない。  首を縦に振ると、やっといつもの、上品なそうな笑みを見せてくれた。 「仲直り、しようね」  文彰はさっき殺されかけたラグに、再び押し倒されていた。まだ首が痛い。咽喉もひりひりして、ヒューヒューと、全身から――人体の大事な部分が、不安になる音を出している。 「あ、そうだ」  文彰にのしかかった天外は、コンドームを用意せず、部屋着のポケットからスマホを取り出した。文彰の頭上で、スマホをかざす。 「……なに、してんの?」 「ん?ハメ撮り」  かしゃりと音がして、写真を撮られたのが分かった。酸素が完全に行き渡っていないせいか、文彰には理解できなかった。 「あ、写真にしちゃった……ごめん、今からビデオにするね~」 「……なんで……ハメ撮り、するの……?」 「なんでって、今日は俺たちが恋人として絆を深くした日だよ?喧嘩を乗り越えたカップルは、絆が強まるんだ。今日という日が、これから記念日になるんだよ。時々見返したら、懐かしくなるから」 「……?」  覆い被さった男は、にこにこと笑っていた。いつもの天外だった。朝、文彰を起こして、弁当を渡す時の、軽やかな笑顔。  頭が混乱して、反応の鈍い文彰に、天外は優しく言い聞かせた。 「ほらぁ、文彰さん、下、脱いで。股、拡げて」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

206人が本棚に入れています
本棚に追加