206人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
気楽に考えて
7:00 おはよう
7:00 文彰さん
7:15 まだ寝てるの?早く起きた方がいいよ
7:20 今日の朝食は?
7:20 俺は朝コーヒーとパン
7:21 手軽に済ませる方かな
天外さんが画像を添付しました。
7:21 文彰さんは何食べてるの?
7:22 まだ寝てる?
7:22 モーニングコールしようか
着信 1:23
7:25 既読つかないから心配したじゃん。ちゃんと見てよ
7:26 文彰さんの年齢だったら突然死してもおかしくないんだから
7:26 ちゃんと返事して
天外さんがスタンプを送信しました。
天外さんがスタンプを送信しました。
天外さんがスタンプを送信しました。
天外さんがスタンプを送信しました。
スタンプを20個ほど連打されたところで、文彰はやっと「ごめん」と打った。送信しても、天外からメッセージは止まない。
1返したら100メッセージが届く勢いだった。
「五半田行きー、五半田行きー、各駅停車、五半田行き」
最寄り駅のホームに立っていると、突風が吹いた。生暖かくて、額に汗が滲む。電車が運ぶ風は、夏は気分が悪くなって、冬は寒い。
最近、リモートワークが増えたと言っても、朝の通勤ラッシュはすし詰め状態。つり革に捕まってスマホを取り出すと、メッセージアカウントを開いた。
8:10 ごめん、打つの遅いから
8:10 じゃあスタンプで返信して
天外さんがスタンプを送信しました。
可愛らしい猫が待ってる♡とか、大好き♡とメッセージを添えたスタンプをまた連打される。若者のスピードについていけない文彰は、四苦八苦しながらスタンプを一つ、ダウンロードした。
スマホはちょっと目を離した隙に、天外からのメッセージがたまっていく。スマホを奪われて、連絡先を登録されて以来、こんな調子だった。ひっきりなしになる通知音。毎日、おはようからおやすみまで、メッセージを投げてくる。
今時の若者は凄い。聞いたことはないが、天外も彼女とひっきりなしにやり取りしているのかもしれない。文彰は車内であくびをした。
8:12 今日
8:12 家いっていい?
駄目とか無理と言ったら、なんで?用事?なんの?と根掘り葉掘り。天外の追求は別ベクトルで止まらなくなる。
8:15 いいよ
返事をすると、今度はテディベアがくるくると動き回り、喜び、泣き、♡マークを飛ばし……忙しいな。文彰がスマホを閉まっていると、アナウンスが流れた。
ドアが開き、改札に向かう人の波にくっついていく。地上に出ればまた、ビルに向かう人々の行列に紛れていった。
またスマホがぶるぶる振動したが、無視した。仕事を言い訳に、昼休み返信しよう。エントランスに入ると、係長となった部下が、壁に寄りかかっていた。今日は一人か。いつもだったら、お気に入りの後輩を引き連れているのに。ついじろじろ見ていたら、目が合った。
「おはようございまーす」
愛想笑いをして、横を通り過ぎた。面倒な気配を感じて、無意識に足早になっていたら「ちょっと」と声をかけられる。声の調子から、嫌な予感がした。
「はい?」
「あんた、知ってたんだろう。あいつが会長の息子だって」
「いや~、知らなかったです」
確かに六年前、教えられたけど。余計なことは言わず、いつものへらへら笑いをする。
よく考えれば、苗字で勘づいてもおかしくはなかった。だが小さな会社で権力争いをしている男は、視野が狭すぎたらしい。大人としての建前も忘れて、部下が舌打ちした。
「ふざけんなよっ、知ってた癖に」
「本当です」
「じゃあ、なんであいつ、毎日迎えにきてんだよっ!一人だけ取り入ってよぉ」
目の据わった元部下が、近づいてくる。胸倉を掴まれる、すんでのところで文彰は距離を取った。家に来る以外は、夕食を食べようと、天外は子会社にまで迎えにくることがあった。
目立つからと、少し離れたパーキングエリアを指定していたのに。わざわざ見に来るなんて、同じくらい暇なのかと呆れた。
「なんか誤解してますよ、そんなんじゃないですから」
「ふざけんなっ、おい!――っ、ちょっと待てよ、あいつの連絡先、教え」
「あ、始業」
逃げるように、薄暗い情報整理課に駆け込む。追いかけてきたらどうしよう。心臓がうるさかったが、さすがに良識はあったらしい。足音は聞こえてこなかった。
ほっとしたのも束の間、スマホが振動する。取り出すとプッシュ通知32。全て天外からのメッセージだった。
朝から疲れる。一人ほこりを被った部屋で、ため息をついた。
その日、文彰は元部下とかち合わないよう、社内をこそこそ歩き回っていた。17時59分。デスクに鞄を出して、定時を待つ。18時丁度、エントランスに向かった。
営業が定時で帰るわけないので、一人悠々と外に出た。スマホが振動する。相手を確かめる必要もなかった。
18:01 仕事、終わった?
18:03 終わったよ
18:03 お疲れさま
18:03 俺、7時くらいにそっち行くからね
18:05 了解
また可愛らしいスタンプが大量に送られてきて、頬が緩んだ。元部下とは接触が無かったし、無意味な仕事も終わり。心に余裕ができると、天外とのやり取りも楽しくなる。
この賑やかさと忙しなさは若いからか。自分の20代を思い出しながら、ホームに並んだ。
帰宅時の人々に埋もれて、電車に乗る。朝のラッシュ時より少し余裕はあるが、汗だくの人間に挟まれた車内に爽やかさは無かった。
汗と制汗剤に柔軟剤、香水の匂いが混じり合った車内で、文彰は動画を開く。電車の中では基本、お小遣いアンケートに答えてポイントを貯めるか、動画を見るのが日課だ。
チャンネル登録している動画配信者が、新作を投稿していた。うきうきしていたら、右側上に表示されるバッテリー表示が気になった。
バッテリー残量21%
普段、動画かお小遣いアンケートしか開かない文彰は、バッテリーは消費しても50%ほど。そこに天外との終わらないやり取りが加わって、かなり充電を消費していた。
充電器を持っていない文彰は不安になったが――アパートの最寄り駅まで30分。大丈夫だろうと、ぎりぎりまで消費することにした。
バッテリー残量が19、16、15、11……残り10%を切った時だった。
急停車します、とアナウンスが流れて、体に振動がきた。窓を見ると暗い。地下で止まった車内に、アナウンスが流れた。
「洗足池駅にて、人が線路に立ち入っているという情報が入りました」
人身事故では無さそうだった。これなら十五分くらいで動き出すかと、文彰は腕時計を確かめた。18時20分。いつも天外がアパートに来るのは7時過ぎ。
特に焦りはなかった。
人が詰められた車内、朝とは違い、帰宅時間ということもあり、緩んだ空気が流れていた。
すぐに動き出す――悠長に構えていたら10分後、車内で小さく悲鳴が上がった。
「だ、だいじょうぶですか?!」
「寝かせた方がよくない?」
「ボタン、誰か緊急ボタン押して下さい!」
振り向くと、人混みでよく見えなかったが、二十代くらいのサラリーマンが抱きかかえられていた。冷房が効いていても、トンネルの中に閉じ込められて、気分が悪くなったらしい。周囲が騒然としていた。
何もできない文彰は、ぼんやりと突っ立っていた。せめて介抱する人達の邪魔にならないよう、体を小さくする。
譲られた席に腰掛けたサラリーマンの顔が、真っ白になっていた。人混みからちらっと見えた唇は紫色。やばいんじゃないか。素人の文彰でも、あまり容体が良くないとわかるほど、顔色が悪い。
閉じ込められた電車内で、周囲の不安が大きくなった。
「おい、まだ動かないのか?!」
「折り返しは?」
緊張が走った車内に、アナウンスが流れた。どうやら電車は一番近い、旗の台駅まで進むらしい。のろのろと電車が動き、数百メートル先にあった旗の台駅のホームが見えてきた。
ホームドアが開くと、駅員数人が駆込んでくる。担架が目に入り、文彰は胸を撫で降ろした。
だらりと力を無くした若者が、担架に乗せられる。騒然となった周囲を抜け、改札の外まで運ばれていった。
病人が無事運ばれたのを見届けると、だんだん普段通りの、静かな車内に戻っていった。だけど一向に、電車が動き出す気配がなかった。一番近い駅には着いたが、どうやら先を行く電車でも、病人が運ばれているらしい。冷房が効いているとはいえ、汗だくになった人の中に押し込められては、気分も悪くなるだろう。
仕方なく車内の席に座って、電車が動き出すのを待つ人、バス、タクシーに乗り換えようと地上に出る人、皆がバラバラに動き出す。
腕時計を確かめると、針が19時30分を指していた。しまった。
文彰は慌ててスマホを起動させた――暗い画面のまま、ウンともスンとも言わない。ぎりぎりまで動画を見ていたせいか、バッテリー切れを起こしたらしい。
天外の顔が浮かんで、冷や汗を掻いた。
ホームの階段を上り、目に付いたコンビニに飛び込んだ。すぐにレンタル充電器を確認すると、貸し出し中の文字。
どこかカフェに入ろうとしても、ケーブル自体持たない文彰には、コンセントだけでは意味が無かった。
うろうろとコンビニを彷徨い、思い切って充電器を買おうか迷った。だけど値札を見て、手が引っ込んだ。
買うなら、もっと性能が良い物が欲しい。これなら大手通販サイトのセール時に買った方が安いし、お得だ。でも天外に連絡できない……近頃、公衆電話を見かけなくなっていた。
タクシーは高いから。バスは最寄り駅に行ってくれない。充電器は買いたくない。
歩いているうちに、連絡する気が失せていた。だんだん、30分も遅くなったら、天外も諦めてマンションに帰るだろうと、都合の良い想像をしていた。
結局、ホームに戻り、電車が動き出すのを待った。手持ち無沙汰になった車内で、40分後、電車が動き出すアナウンスが流れた。いつもの2倍は時間をかけながら、最寄り駅に着く。
改札を抜ける頃には、9時を回っていた。
疲労から、腹が鳴る。ここから徒歩20分かけて歩くのもだるい文彰は、近くのラーメン屋で、半チャーハンセットを頼んだ。こんなことなら、替え玉無料券、財布に入れておけばよかった。
1時間ばかり、ぼんやりと店内のテレビを見ながら、夕飯を食べた。眠気を感じて、やっと歩く気になった。
星がはっきり見える夜空の下、歩いているとアパートが見えてきた。文彰の部屋は2階の角部屋。階段を上っていると、ドアの前に人影が見えた。
ひゅっと喉が閉まった。
「……っ、てん、がい」
「……文彰さん」
ドアの前に背中を付けて、年下の男は待っていた。夜とはいえ、30度は超える気温の中で、天外が疲れたように項垂れていた。
「ごめ、ごめん!天外!あの、っ、ごめん!スマホ、バッテリー切れで、あの電車止めって、あの、ごめ」
「いいから。ドア、開けて」
かなり疲労の滲んだ声に押されて、ドアを開ける。暗い室内はむっとするほど、熱が籠もっていた。電気を付け、バタバタとリビングに走る。窓を全開にして、謝り続けた。
「ごめんっ、ごめん、本当にごめん、遅れたら帰ってると思ってさ、ほらお前のマンションは近いし、だから、その……ごめん」
返事が返ってこないのが恐ろしい。猛暑の中、三時間近く待たせていたのだ。キレるか、喚くか、いつものように文彰のミスを指摘して、罵倒するか。
じっと相手の出方を待っていたが、天外は項垂れているだけだった。そっと振り向くと、前髪に隠れて表情が見えない。
「体調、悪くなったんじゃないのか、あの、お茶飲んでいいから、あ、シャワー浴びる?」
「……文彰さん、ご飯、食べてきたの?」
「……うん、あの……駅のあそこ……ラーメン屋…で……」
唐突な質問は、文彰の罪悪感を刺激した。おそらく天外は何も食べずに、ドアの前で待っていた。無意識に、足がキッチンに向かって歩き始めていた。
ごめん、ごめんと謝りながら「何食べる?」と伺った。
「天外?あの、インスタントだけど、うどんとか。あ、暑いか。素麺、湯で――」
「文彰さん」
泣きそうな声で、名前を呼ばれた。はっとして顔を上げると、天外が目を真っ赤にしていた。
「天外、ごめんっ」
長い睫毛が瞬き、ぽろりぽろりと涙が落ちていく。声を押さえて、耐え忍ぶように泣く姿は気品すらあった。泣きじゃくる若い男の周りを、中年はうろうろと所在なさ気に歩き回る。
「ごめん、本当にごめんっ、熱中症とか大丈夫か?ね、アイスとか、俺買ってくるから」
「――合鍵」
「……え」
「合鍵、ちょうだい」
兎みたいな目で見つめられる。ぐずぐずと鼻を鳴らしながら「合鍵」と天外が呟いた。
「突然、連絡取れなくなる時あるでしょ?合鍵あったら、こんなことにならないよ」
「えっ、と」
「ねぇ、俺、ずっと文彰さんが事故にあったんじゃないかって、ずっと心配だったんだよ?メッセージ飛ばしても反応ない、暗いし暑いし、文彰さんもこんな状況じゃないかってずっと不安だった。ずっと怖かったんだよ、文彰さんがどうしてるか、ずっと心配だった!」
「……」
捲し立てられて、文彰の体は動かなくなっていた。美しい男が小首を傾げて「駄目?」と問いかける。シミ一つない、白い頬に、涙の痕が出来ていた。
「あの……」
「合鍵」
「……ああ」
「合鍵」
「うん……合鍵、いいよ」
渡すから。玄関の戸棚の奥、小物入れにあるから、取ってくるね――続けようとしたら、ばっと天外が横を通り過ぎた。風のような速さで、廊下を走っていく。どたどたと荒々しい音がして、リビングに帰ってくる頃には、いつもの天外に戻っていた。
「ありがとう!合鍵、大事にするね!」
ニコニコと上機嫌な男の手には銀色の鍵。文彰は合鍵の場所を教えた記憶が無かった。だが、天外がアパートを訪ねるようになって一ヶ月は経つ。言ったかな……?困惑しながら、首を縦に振った。
「ああ、うん、それ……合鍵だから……渡しとくな」
「うん、絶対無くさないよっ、あ、そうだ。俺も渡しとくね。マンションの鍵」
合鍵を交換して、天外はさっさと脱衣所に向かった。足取り軽く、「シャワー借りるね」と声をかけられた。
「シャンプーとか使っていい?」
「うん」
「シェービング、開けちゃっていい?」
「うん」
「もう遅いから泊まりたい」
「うん」
つい反射的に返事をしていた。
文彰も部屋着に着替え、袋入りインスタントラーメンを開ける。ぐつぐつと鍋の中で煮立っている麺を見つめていたら、がちゃりと音がした。
さっぱりした様子の天外が、頭を拭きながら、リビングに入ってきた。部屋着は「もしもの時」と言って、以前から置いていた短パンとTシャツだった。
「なに作ってるの?」
「あ……お前の、ラーメン…夜食」
「えー、すげぇ嬉しい!」
一袋80円くらいのラーメンに、天外ははしゃいでいた。どんぶりに注ぐと、美味しい美味しいと、嬉しそうに食べる。文彰のやることなすこと、いちいち反応が良いのは前からだったが――今日はいつも以上に、興奮しているようだった。
よっぽどお腹空いてたんだな。
申し訳ない気持ちで、文彰は天外の世話をした。客用布団をリビングに敷こうとしたら「文彰さんの部屋がいい」とお願いされ、言う通りにした。
言われるがまま、ベッドの横に布団を敷く。文彰もシャワーを浴び、歯磨きをして、寝る準備に取りかかった。
ベッドに入ると、天外はじっと布団の前に立っていた。
「天外?」
見ると、またいつもの「目」と、ばっちり合う。無言の要求。天外が何を望んでいるのか、文彰は謎解きに入った。
「天外?布団、嫌?」
「……」
「あー……ベッドの方がいいのか?」
口をきゅっと結んだ若い男は、ベッドに入り込んできた。やっぱりベッドを使いたかったらしい。シーツを洗ったのは、先週の日曜日。大丈夫だよな、加齢臭とか。枕は替えた方がいいよな……ハラハラしながら、文彰はベッドから離れようとした。
「文彰さん」
「ん?」
腕を掴まれ、ずるずるとベッドに拘束される。シングルに男二人。もう片方は体格がいいから、かなり狭苦しい。
掛布団を捲られ、圧し掛かられた。
「……天外?」
「ねぇ、文彰さんって彼女いないよね」
「うん」
「大学以来って、もう二十年近くいないってこと?」
「まぁ……」
すぅっと、年若い男の目が細まった。馬鹿にしているのか、それともちょっとした暇つぶしとでも思っているのか。吐息を感じる距離で、目を覗き込まれた。
「俺もいないんだよね、フリー」
「へぇ、意外だなぁ」
こんなハイスペックな男が。心の底から出た「意外」だった。
「でもさぁ、溜まるじゃん?文彰さんだってそうでしょ?」
「ん?……あ、うん」
「スマホの履歴。左手で持ちながら、右手でシコってんの?」
かっと頬が熱くなった。パスワードを変えられて以来、天外は好きにスマホを弄るようになった。やんわり止めると「俺に隠したいことあんの?あるから嫌なんだね。なに隠してんの?」と追及が始まる。
無料エロ動画の履歴を消しておかなかったのは、迂闊だった。40過ぎて、前より性欲は薄くなったが、それでも時々、抜きたくなる。風俗は金がかかるからと、無料動画をオカズにしていた。
「天外、そういうのはさ、あんまり、なぁ」
「――ねぇ、だったら俺とやろうよ」
耳を疑った。まじまじと見つめると、天外は馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「なんで?いいじゃん。お互い相手いないんだし。抜き合いしようよ。人の手の方が何倍もいいらしいよ」
「……いや、でも、さぁ」
「なにが嫌なの?フリーでしょ?文彰さん、付き合ってる人いないし、俺も……つなぎだよ、セフレ、セフレだよ、誰でもいるよ。結構、セフレいるって人多いよ。気楽な関係の方がいいって、楽だって」
そうなんだろうか。結婚して家庭を持った同期がいる反面、ネカフェに寝泊りしていると、風の噂で聞くかつてのゼミメンバーもいる。格差がはっきりしている周囲に「セフレ」を持っている話は、聞いたことがなかった。
「ねぇ、いいじゃん。何が引っかかってんの?セフレって、重たくないし、気楽だし、付き合ってるとかじゃないんだよ?相手が嫌になったらフェードアウト、それで終わり。ねぇ、気楽に考えればいいじゃん。なんでそんな難しい顔してんの?」
文彰の上で、べらべら捲し立てる男から「気楽」は感じられなかった。瞳孔は開き、ベッドに抑え付けた手から、妙に力を感じる。
「あの」
「文彰さん、経験一人でしょ?しかも二十年前。そーいうのと無縁な人生歩いてきたから分かんないかもしれないけど、誰でもいるよ。セフレとか、皆いるから。楽だし、重たくないし、最高じゃん、ねぇ、俺と、ねぇ、文彰さんっ」
重たいし、暑い。若いから体温が高いのか、密着した部分から熱が放出されているようだった。
「なぁ、そういうの、すぐには」
「なんで?なんですぐ答え出せないの?はいか、いいえだろ?俺とセフレになるの、嫌なの?嫌なら、嫌って言えばいいんだよ。俺は別に、すぐに相手見つかるし、別に誰でもいいんだよ。でも文彰さん、丁度いいって言うか。お互い楽じゃん?文彰さんだって、そういう相手、欲しいでしょ?ねぇ、セフレだよ、セフレ。真剣に考えるなよ、そうやって重たく考えるから、文彰さんは駄目なんだよ」
「……」
天外は軽い口調で喋っているが、鬼気迫る表情をしていた。一致しない言動に、文彰はじんわりと汗を掻いていた。
ここで嫌だと言えば、どうして嫌なのか、なぜ嫌なのか……また追及が止まらなくなる。
それぐらいは文彰にも予想できた。
「あ……うん、じゃあ」
頷いた瞬間だった。後頭部を持ち上げられ、唇に柔らかいものがあたる。天外にキスされていた。
最初のコメントを投稿しよう!