気楽に考えて

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気楽に考えて

 7:00 おはよう  7:00 文彰さん  7:15 まだ寝てるの?早く起きた方がいいよ  7:20 今日の朝食は?  7:20 俺は朝コーヒーとパン  7:21 手軽に済ませる方かな     天外さんが画像を添付しました。  7:21 文彰さんは何食べてるの?  7:22 まだ寝てる?  7:22 モーニングコールしようか     着信 1:23  7:25 既読つかないから心配したじゃん。ちゃんと見てよ  7:26 文彰さんの年齢だったら突然死してもおかしくないんだから  7:26 ちゃんと返事して     天外さんがスタンプを送信しました。     天外さんがスタンプを送信しました。     天外さんがスタンプを送信しました。     天外さんがスタンプを送信しました。  スタンプを20個ほど連打されたところで、文彰はやっと「ごめん」と打った。送信しても、天外からメッセージは止まない。  1返したら100メッセージが届く勢いだった。 「五半田行きー、五半田行きー、各駅停車、五半田行き」  最寄り駅のホームに立っていると、突風が吹いた。生暖かくて、額に汗が滲む。電車が運ぶ風は、夏は気分が悪くなって、冬は寒い。  最近、リモートワークが増えたと言っても、朝の通勤ラッシュはすし詰め状態。つり革に捕まってスマホを取り出すと、メッセージアカウントを開いた。  8:10 ごめん、打つの遅いから  8:10 じゃあスタンプで返信して    天外さんがスタンプを送信しました。  可愛らしい猫が待ってる♡とか、大好き♡とメッセージを添えたスタンプをまた連打される。若者のスピードについていけない文彰は、四苦八苦しながらスタンプを一つ、ダウンロードした。  スマホはちょっと目を離した隙に、天外からのメッセージがたまっていく。スマホを奪われて、連絡先を登録されて以来、こんな調子だった。ひっきりなしになる通知音。毎日、おはようからおやすみまで、メッセージを投げてくる。  今時の若者は凄い。聞いたことはないが、天外も彼女とひっきりなしにやり取りしているのかもしれない。文彰は車内であくびをした。  8:12 今日  8:12 家いっていい?  駄目とか無理と言ったら、なんで?用事?なんの?と根掘り葉掘り。天外の追求は別ベクトルで止まらなくなる。  8:15 いいよ  返事をすると、今度はテディベアがくるくると動き回り、喜び、泣き、♡マークを飛ばし……忙しいな。文彰がスマホを閉まっていると、アナウンスが流れた。  ドアが開き、改札に向かう人の波にくっついていく。地上に出ればまた、ビルに向かう人々の行列に紛れていった。  またスマホがぶるぶる振動したが、無視した。仕事を言い訳に、昼休み返信しよう。エントランスに入ると、係長となった部下が、壁に寄りかかっていた。今日は一人か。いつもだったら、お気に入りの後輩を引き連れているのに。ついじろじろ見ていたら、目が合った。 「おはようございまーす」  愛想笑いをして、横を通り過ぎた。面倒な気配を感じて、無意識に足早になっていたら「ちょっと」と声をかけられる。声の調子から、嫌な予感がした。 「はい?」 「あんた、知ってたんだろう。あいつが会長の息子だって」 「いや~、知らなかったです」  確かに六年前、教えられたけど。余計なことは言わず、いつものへらへら笑いをする。  よく考えれば、苗字で勘づいてもおかしくはなかった。だが小さな会社で権力争いをしている男は、視野が狭すぎたらしい。大人としての建前も忘れて、部下が舌打ちした。 「ふざけんなよっ、知ってた癖に」 「本当です」 「じゃあ、なんであいつ、毎日迎えにきてんだよっ!一人だけ取り入ってよぉ」  目の据わった元部下が、近づいてくる。胸倉を掴まれる、すんでのところで文彰は距離を取った。家に来る以外は、夕食を食べようと、天外は子会社にまで迎えにくることがあった。  目立つからと、少し離れたパーキングエリアを指定していたのに。わざわざ見に来るなんて、同じくらい暇なのかと呆れた。 「なんか誤解してますよ、そんなんじゃないですから」 「ふざけんなっ、おい!――っ、ちょっと待てよ、あいつの連絡先、教え」 「あ、始業」  逃げるように、薄暗い情報整理課に駆け込む。追いかけてきたらどうしよう。心臓がうるさかったが、さすがに良識はあったらしい。足音は聞こえてこなかった。  ほっとしたのも束の間、スマホが振動する。取り出すとプッシュ通知32。全て天外からのメッセージだった。  朝から疲れる。一人ほこりを被った部屋で、ため息をついた。  その日、文彰は元部下とかち合わないよう、社内をこそこそ歩き回っていた。17時59分。デスクに鞄を出して、定時を待つ。18時丁度、エントランスに向かった。  営業が定時で帰るわけないので、一人悠々と外に出た。スマホが振動する。相手を確かめる必要もなかった。  18:01 仕事、終わった?  18:03 終わったよ  18:03 お疲れさま  18:03 俺、7時くらいにそっち行くからね  18:05 了解  また可愛らしいスタンプが大量に送られてきて、頬が緩んだ。元部下とは接触が無かったし、無意味な仕事も終わり。心に余裕ができると、天外とのやり取りも楽しくなる。  この賑やかさと忙しなさは若いからか。自分の20代を思い出しながら、ホームに並んだ。  帰宅時の人々に埋もれて、電車に乗る。朝のラッシュ時より少し余裕はあるが、汗だくの人間に挟まれた車内に爽やかさは無かった。  汗と制汗剤に柔軟剤、香水の匂いが混じり合った車内で、文彰は動画を開く。電車の中では基本、お小遣いアンケートに答えてポイントを貯めるか、動画を見るのが日課だ。  チャンネル登録している動画配信者が、新作を投稿していた。うきうきしていたら、右側上に表示されるバッテリー表示が気になった。  バッテリー残量21%  普段、動画かお小遣いアンケートしか開かない文彰は、バッテリーは消費しても50%ほど。そこに天外との終わらないやり取りが加わって、かなり充電を消費していた。  充電器を持っていない文彰は不安になったが――アパートの最寄り駅まで30分。大丈夫だろうと、ぎりぎりまで消費することにした。  バッテリー残量が19、16、15、11……残り10%を切った時だった。  急停車します、とアナウンスが流れて、体に振動がきた。窓を見ると暗い。地下で止まった車内に、アナウンスが流れた。 「洗足池駅にて、人が線路に立ち入っているという情報が入りました」  人身事故では無さそうだった。これなら十五分くらいで動き出すかと、文彰は腕時計を確かめた。18時20分。いつも天外がアパートに来るのは7時過ぎ。  特に焦りはなかった。  人が詰められた車内、朝とは違い、帰宅時間ということもあり、緩んだ空気が流れていた。  すぐに動き出す――悠長に構えていたら10分後、車内で小さく悲鳴が上がった。 「だ、だいじょうぶですか?!」 「寝かせた方がよくない?」 「ボタン、誰か緊急ボタン押して下さい!」  振り向くと、人混みでよく見えなかったが、二十代くらいのサラリーマンが抱きかかえられていた。冷房が効いていても、トンネルの中に閉じ込められて、気分が悪くなったらしい。周囲が騒然としていた。  何もできない文彰は、ぼんやりと突っ立っていた。せめて介抱する人達の邪魔にならないよう、体を小さくする。  譲られた席に腰掛けたサラリーマンの顔が、真っ白になっていた。人混みからちらっと見えた唇は紫色。やばいんじゃないか。素人の文彰でも、あまり容体が良くないとわかるほど、顔色が悪い。  閉じ込められた電車内で、周囲の不安が大きくなった。 「おい、まだ動かないのか?!」 「折り返しは?」  緊張が走った車内に、アナウンスが流れた。どうやら電車は一番近い、旗の台駅まで進むらしい。のろのろと電車が動き、数百メートル先にあった旗の台駅のホームが見えてきた。  ホームドアが開くと、駅員数人が駆込んでくる。担架が目に入り、文彰は胸を撫で降ろした。  だらりと力を無くした若者が、担架に乗せられる。騒然となった周囲を抜け、改札の外まで運ばれていった。  病人が無事運ばれたのを見届けると、だんだん普段通りの、静かな車内に戻っていった。だけど一向に、電車が動き出す気配がなかった。一番近い駅には着いたが、どうやら先を行く電車でも、病人が運ばれているらしい。冷房が効いているとはいえ、汗だくになった人の中に押し込められては、気分も悪くなるだろう。  仕方なく車内の席に座って、電車が動き出すのを待つ人、バス、タクシーに乗り換えようと地上に出る人、皆がバラバラに動き出す。  腕時計を確かめると、針が19時30分を指していた。しまった。  文彰は慌ててスマホを起動させた――暗い画面のまま、ウンともスンとも言わない。ぎりぎりまで動画を見ていたせいか、バッテリー切れを起こしたらしい。  天外の顔が浮かんで、冷や汗を掻いた。  ホームの階段を上り、目に付いたコンビニに飛び込んだ。すぐにレンタル充電器を確認すると、貸し出し中の文字。  どこかカフェに入ろうとしても、ケーブル自体持たない文彰には、コンセントだけでは意味が無かった。  うろうろとコンビニを彷徨い、思い切って充電器を買おうか迷った。だけど値札を見て、手が引っ込んだ。  買うなら、もっと性能が良い物が欲しい。これなら大手通販サイトのセール時に買った方が安いし、お得だ。でも天外に連絡できない……近頃、公衆電話を見かけなくなっていた。  タクシーは高いから。バスは最寄り駅に行ってくれない。充電器は買いたくない。  歩いているうちに、連絡する気が失せていた。だんだん、30分も遅くなったら、天外も諦めてマンションに帰るだろうと、都合の良い想像をしていた。  結局、ホームに戻り、電車が動き出すのを待った。手持ち無沙汰になった車内で、40分後、電車が動き出すアナウンスが流れた。いつもの2倍は時間をかけながら、最寄り駅に着く。  改札を抜ける頃には、9時を回っていた。  疲労から、腹が鳴る。ここから徒歩20分かけて歩くのもだるい文彰は、近くのラーメン屋で、半チャーハンセットを頼んだ。こんなことなら、替え玉無料券、財布に入れておけばよかった。  1時間ばかり、ぼんやりと店内のテレビを見ながら、夕飯を食べた。眠気を感じて、やっと歩く気になった。  星がはっきり見える夜空の下、歩いているとアパートが見えてきた。文彰の部屋は2階の角部屋。階段を上っていると、ドアの前に人影が見えた。  ひゅっと喉が閉まった。 「……っ、てん、がい」 「……文彰さん」  ドアの前に背中を付けて、年下の男は待っていた。夜とはいえ、30度は超える気温の中で、天外が疲れたように項垂れていた。 「ごめ、ごめん!天外!あの、っ、ごめん!スマホ、バッテリー切れで、あの電車止めって、あの、ごめ」 「いいから。ドア、開けて」  かなり疲労の滲んだ声に押されて、ドアを開ける。暗い室内はむっとするほど、熱が籠もっていた。電気を付け、バタバタとリビングに走る。窓を全開にして、謝り続けた。 「ごめんっ、ごめん、本当にごめん、遅れたら帰ってると思ってさ、ほらお前のマンションは近いし、だから、その……ごめん」  返事が返ってこないのが恐ろしい。猛暑の中、三時間近く待たせていたのだ。キレるか、喚くか、いつものように文彰のミスを指摘して、罵倒するか。  じっと相手の出方を待っていたが、天外は項垂れているだけだった。そっと振り向くと、前髪に隠れて表情が見えない。 「体調、悪くなったんじゃないのか、あの、お茶飲んでいいから、あ、シャワー浴びる?」 「……文彰さん、ご飯、食べてきたの?」 「……うん、あの……駅のあそこ……ラーメン屋…で……」  唐突な質問は、文彰の罪悪感を刺激した。おそらく天外は何も食べずに、ドアの前で待っていた。無意識に、足がキッチンに向かって歩き始めていた。  ごめん、ごめんと謝りながら「何食べる?」と伺った。 「天外?あの、インスタントだけど、うどんとか。あ、暑いか。素麺、湯で――」 「文彰さん」  泣きそうな声で、名前を呼ばれた。はっとして顔を上げると、天外が目を真っ赤にしていた。 「天外、ごめんっ」  長い睫毛が瞬き、ぽろりぽろりと涙が落ちていく。声を押さえて、耐え忍ぶように泣く姿は気品すらあった。泣きじゃくる若い男の周りを、中年はうろうろと所在なさ気に歩き回る。 「ごめん、本当にごめんっ、熱中症とか大丈夫か?ね、アイスとか、俺買ってくるから」 「――合鍵」 「……え」 「合鍵、ちょうだい」  兎みたいな目で見つめられる。ぐずぐずと鼻を鳴らしながら「合鍵」と天外が呟いた。 「突然、連絡取れなくなる時あるでしょ?合鍵あったら、こんなことにならないよ」 「えっ、と」 「ねぇ、俺、ずっと文彰さんが事故にあったんじゃないかって、ずっと心配だったんだよ?メッセージ飛ばしても反応ない、暗いし暑いし、文彰さんもこんな状況じゃないかってずっと不安だった。ずっと怖かったんだよ、文彰さんがどうしてるか、ずっと心配だった!」 「……」  捲し立てられて、文彰の体は動かなくなっていた。美しい男が小首を傾げて「駄目?」と問いかける。シミ一つない、白い頬に、涙の痕が出来ていた。 「あの……」 「合鍵」 「……ああ」 「合鍵」 「うん……合鍵、いいよ」  渡すから。玄関の戸棚の奥、小物入れにあるから、取ってくるね――続けようとしたら、ばっと天外が横を通り過ぎた。風のような速さで、廊下を走っていく。どたどたと荒々しい音がして、リビングに帰ってくる頃には、いつもの天外に戻っていた。 「ありがとう!合鍵、大事にするね!」  ニコニコと上機嫌な男の手には銀色の鍵。文彰は合鍵の場所を教えた記憶が無かった。だが、天外がアパートを訪ねるようになって一ヶ月は経つ。言ったかな……?困惑しながら、首を縦に振った。 「ああ、うん、それ……合鍵だから……渡しとくな」 「うん、絶対無くさないよっ、あ、そうだ。俺も渡しとくね。マンションの鍵」  合鍵を交換して、天外はさっさと脱衣所に向かった。足取り軽く、「シャワー借りるね」と声をかけられた。 「シャンプーとか使っていい?」 「うん」 「シェービング、開けちゃっていい?」 「うん」 「もう遅いから泊まりたい」 「うん」  つい反射的に返事をしていた。  文彰も部屋着に着替え、袋入りインスタントラーメンを開ける。ぐつぐつと鍋の中で煮立っている麺を見つめていたら、がちゃりと音がした。  さっぱりした様子の天外が、頭を拭きながら、リビングに入ってきた。部屋着は「もしもの時」と言って、以前から置いていた短パンとTシャツだった。 「なに作ってるの?」 「あ……お前の、ラーメン…夜食」 「えー、すげぇ嬉しい!」  一袋80円くらいのラーメンに、天外ははしゃいでいた。どんぶりに注ぐと、美味しい美味しいと、嬉しそうに食べる。文彰のやることなすこと、いちいち反応が良いのは前からだったが――今日はいつも以上に、興奮しているようだった。  よっぽどお腹空いてたんだな。  申し訳ない気持ちで、文彰は天外の世話をした。客用布団をリビングに敷こうとしたら「文彰さんの部屋がいい」とお願いされ、言う通りにした。  言われるがまま、ベッドの横に布団を敷く。文彰もシャワーを浴び、歯磨きをして、寝る準備に取りかかった。  ベッドに入ると、天外はじっと布団の前に立っていた。 「天外?」  見ると、またいつもの「目」と、ばっちり合う。無言の要求。天外が何を望んでいるのか、文彰は謎解きに入った。 「天外?布団、嫌?」 「……」 「あー……ベッドの方がいいのか?」  口をきゅっと結んだ若い男は、ベッドに入り込んできた。やっぱりベッドを使いたかったらしい。シーツを洗ったのは、先週の日曜日。大丈夫だよな、加齢臭とか。枕は替えた方がいいよな……ハラハラしながら、文彰はベッドから離れようとした。 「文彰さん」 「ん?」  腕を掴まれ、ずるずるとベッドに拘束される。シングルに男二人。もう片方は体格がいいから、かなり狭苦しい。  掛布団を捲られ、圧し掛かられた。 「……天外?」 「ねぇ、文彰さんって彼女いないよね」 「うん」 「大学以来って、もう二十年近くいないってこと?」 「まぁ……」  すぅっと、年若い男の目が細まった。馬鹿にしているのか、それともちょっとした暇つぶしとでも思っているのか。吐息を感じる距離で、目を覗き込まれた。 「俺もいないんだよね、フリー」 「へぇ、意外だなぁ」  こんなハイスペックな男が。心の底から出た「意外」だった。 「でもさぁ、溜まるじゃん?文彰さんだってそうでしょ?」 「ん?……あ、うん」 「スマホの履歴。左手で持ちながら、右手でシコってんの?」  かっと頬が熱くなった。パスワードを変えられて以来、天外は好きにスマホを弄るようになった。やんわり止めると「俺に隠したいことあんの?あるから嫌なんだね。なに隠してんの?」と追及が始まる。  無料エロ動画の履歴を消しておかなかったのは、迂闊だった。40過ぎて、前より性欲は薄くなったが、それでも時々、抜きたくなる。風俗は金がかかるからと、無料動画をオカズにしていた。 「天外、そういうのはさ、あんまり、なぁ」 「――ねぇ、だったら俺とやろうよ」  耳を疑った。まじまじと見つめると、天外は馬鹿にするように鼻を鳴らした。 「なんで?いいじゃん。お互い相手いないんだし。抜き合いしようよ。人の手の方が何倍もいいらしいよ」 「……いや、でも、さぁ」 「なにが嫌なの?フリーでしょ?文彰さん、付き合ってる人いないし、俺も……つなぎだよ、セフレ、セフレだよ、誰でもいるよ。結構、セフレいるって人多いよ。気楽な関係の方がいいって、楽だって」  そうなんだろうか。結婚して家庭を持った同期がいる反面、ネカフェに寝泊りしていると、風の噂で聞くかつてのゼミメンバーもいる。格差がはっきりしている周囲に「セフレ」を持っている話は、聞いたことがなかった。 「ねぇ、いいじゃん。何が引っかかってんの?セフレって、重たくないし、気楽だし、付き合ってるとかじゃないんだよ?相手が嫌になったらフェードアウト、それで終わり。ねぇ、気楽に考えればいいじゃん。なんでそんな難しい顔してんの?」  文彰の上で、べらべら捲し立てる男から「気楽」は感じられなかった。瞳孔は開き、ベッドに抑え付けた手から、妙に力を感じる。 「あの」 「文彰さん、経験一人でしょ?しかも二十年前。そーいうのと無縁な人生歩いてきたから分かんないかもしれないけど、誰でもいるよ。セフレとか、皆いるから。楽だし、重たくないし、最高じゃん、ねぇ、俺と、ねぇ、文彰さんっ」  重たいし、暑い。若いから体温が高いのか、密着した部分から熱が放出されているようだった。 「なぁ、そういうの、すぐには」 「なんで?なんですぐ答え出せないの?はいか、いいえだろ?俺とセフレになるの、嫌なの?嫌なら、嫌って言えばいいんだよ。俺は別に、すぐに相手見つかるし、別に誰でもいいんだよ。でも文彰さん、丁度いいって言うか。お互い楽じゃん?文彰さんだって、そういう相手、欲しいでしょ?ねぇ、セフレだよ、セフレ。真剣に考えるなよ、そうやって重たく考えるから、文彰さんは駄目なんだよ」 「……」  天外は軽い口調で喋っているが、鬼気迫る表情をしていた。一致しない言動に、文彰はじんわりと汗を掻いていた。  ここで嫌だと言えば、どうして嫌なのか、なぜ嫌なのか……また追及が止まらなくなる。  それぐらいは文彰にも予想できた。 「あ……うん、じゃあ」  頷いた瞬間だった。後頭部を持ち上げられ、唇に柔らかいものがあたる。天外にキスされていた。
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