本番前

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ガヤガヤと開場を待っている人の中には、IMのファンと思しき、応援グッズを持つ人たちが何人かいた。 「凄いね! こんなに、人が集まるんだ……」 「皆んな、今日という日を待ち望んでいたんだ。大好きなアイドルや歌手に会いにさ」 「そんな人たちの期待に応えられるかな……」 「大丈夫」と、不安そうに俯く水月の肩を颯真は叩く。 やはり、男よりも女子は華奢だなと思う。 「失敗したって平気さ。俺たちがファンの声援に応えられれば、それさえも、ファンは楽しんでくれる」 「どうやって、応えるの……?」 「簡単だよ。俺たちが楽しめばいいんだ。俺たちが楽しそうに歌って、踊る。それだけで、ファンは楽しんでくれるよ」 水月は目を瞬かせた。 「本当? それだけでいいの?」 「そうだよ」 「……そっか、それなら出来るかも」 小さく笑う水月に、ようやく颯真は肩の力を抜く。 「だから、今は精一杯、今日のステージを楽しむ事だけを考えよう。黄昏時のステージをさ!」 昼と夜の狭間、夕陽に照らされる黄昏時のステージに、二人は立つ。 もしかしたら、二人がステージに立つ頃には、夕陽は沈んでいるかもしれない。 夕陽が沈むと、月が昇って、星が瞬き出す。 そんなステージも、また幻想的で浪漫がある。 水月と立てるのなら、そんなステージもまた最高だろう。 「あのさ、水月」 隣に並んで、水月を見つめる。 そうして、息を飲んだ。 夕陽に照らされて、微笑を浮かべる水月に、颯真の心臓が大きく高鳴る。 じっと見つめる颯真の視線に気づいた水月が、首を傾げる。 「どうしたの?」 こうして間近で見ると、やはり水月は女子なのだと改めて実感する。 サラサラの髪も、長い睫毛も、柔らかそうな頬に、艶々した唇も。 水月はパートナーであり、仲間。 そう割り切ってきたのに、この時は一瞬でも触りたい、と颯真は思ってしまったのだった。 「いいや。大した事じゃない。……ライブを楽しもうか」 「うん!」 弾けるような笑みを浮かべる水月を、颯真は愛おしく思う。 この時間がずっと続いて欲しいと、願ったのだった。 観覧車から降りる頃には、水月の顔色は元に戻っていた。 「お疲れ様でした!」と声を掛けてくる係員に背を向けて、観覧車から降りる水月に手を貸していると、マネージャーが駆け寄ってくる。 「二人とも、すぐに控え室に戻れ。メイクさんを控えさせてる。 それが終わったら、すぐにオープニングに出るぞ。顔を出して、少しでも顔を売っておけ」 「はい!」と、二人声を揃えて、返事をする。 マネージャーは颯真に近づくと、こっそり声を掛けてきたのだった。
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