(1)他愛もないきっかけだった

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(1)他愛もないきっかけだった

 今でも瞼の裏に鮮烈に蘇る光景がある。  三年前。爽やかな秋の青空の下で開催された陸上競技会。四百メートルトラック五周の数分間の勝負が、すべての始まりだった。    スタート音とともに歓声が上がり、一人の選手に視線が釘付けになった。凜とした美しいフォームで先頭集団に付いていく……親友の弟で従弟の圭介だ。  勝負のタイミングを伺う流れに、気分が高揚した。子供だなんて関係ない。これが最初で最後の真剣勝負なのだ。  特にラストのトラック半周は圧巻だった。息を飲んで見守った、その鮮烈な走りに、胸の奥の核が揺さぶられた。これが、最後と決めた人間の走りなのか。  そこで圭介が見せた強さと弱さに、生まれて初めて一目惚れ自覚した。  正直、最初は自分の感覚と常識を疑ったし、いい大人が恋に落ちるには、相手としてはありえないというのもわかっていた。  でも。  あの日、三十年以上生きてきて、価値観がひっくり返ってしまったのだ。
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