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近衛は拙速な気分で、亮の言葉に反応を見せることなく、ベッドの脇に座らせて、唇を重ねる。勢いあまり、そのままベッドに押し倒した。
近衛は片膝をベッドに乗せて、亮を上から見下ろす。
期待に満ちた目が、近衛を見据えた。
「本当にどうしたの?」
この問いかけに近衛は答えるつもりもなかった。ただ、亮の手を握り、そのまま無言で唇を重ねる。
「こ……のえ」
首筋にキスをしながら、亮のワイシャツのボタンを外す。
「亮……」
近衛が名を呼ぶと、うん……と小さい返事が来た。
亮……リョウ……この青年の名前を呼べば、少しはこのむちゃくちゃな気持ちが晴れるのだろうか。
「……リョウ」
首筋で近衛が呟く。亮が、近衛と呟いた。亮が手を伸ばし、近衛のシャツのボタンをはずそうとする。
それを手を添えることで止め、口付けを落とした。さらに、亮の右耳にそっと舌を這わせる。
「ぁ……ん」
亮が快感にまみれた反応を見せる。かつてリョウが特段乱れたこの場所を、近衛は執拗に舌で攻める。
耳朶を舌先でなぞり、甘噛んだ。亮の身体がびくりと揺れる。
「あ……あん、近衛……」
肩を震わせ、甘い声を上げる。
リョウ。
近衛は耳元で名前を呼びながら、囁きながら、亮に愛撫を続けた。
息を乱しながら、髪を撫で上げ、誘ってくる手。
近衛はいつからか、亮を抱きながら、リョウの名を呼び、あの榛色の瞳を思い浮かべていた。
未練はすごくあったけど、それでも互いの幸せを願って別れたはずだった。
決して喧嘩別れではない。リョウの幸せを祈った。
いずれできるであろう新しいパートナーと幸せで良い人生を送ってほしいと、そう願って手を離したはずだった。
今は無理でも、何年後…何十年後かには会って、その幸せを知らせて欲しい……そう思ったのも嘘ではない。
なのに……!
「近衛……」
亮の呼びかけに近衛は無言でシャツを剥ぐ。その胸の上の突起を指でつまみながら、右耳の愛撫を再開した。
左手の柔らかいつまみは、指の腹でくるくると愛撫してやると、熱い吐息が漏れる。
投げ出した脚が心許ないのか、少しすりあわせるような仕草を見せた。
なのに。
……自分はなにをやっているのか。
急に頭に冷静な部分ができて、なんとも言えない虚しさが胸を過った。
そのとき。
何かを気配がした気がして、とっさに顔を上げる。出入り口を振り返ると、人影が見えた。
「……近衛さん」
圭介の声だった。
心臓が鷲づかみにされるような衝撃を覚えた。しまったと思った。
不覚にも程があるが、圭介にここの鍵を渡していたことをすっかり失念していた。
その声色で、圭介が困惑し、動揺しているのは分かった。
廊下の明かりがいつの間にか点いていて、圭介がそれを背に立っていた。表情は逆光になって見えないが、声で判断がつく。一部始終を見ていたのだろうか。
「圭介……」
「ご……ごめん!」
圭介が身を翻した。
「おい! 圭介」
近衛がベッドから身を起こす。追いかけようとすると、亮が不満そうに腕を掴んだ。
「なんなの」
近衛にとってはそれどころではない。亮の手をいとも簡単に振り払う。すまないと一言置くと、近衛はそのまま部屋を飛び出した。
圭介は自宅に戻るつもりか。外に出るつもりか。
しかし、今捕まえないと、弁解する余地がなくなる予感はしていた。
エレベーターホールに行くと、二基あるエレベーターは使われた形跡がなかった。
階段か、とその奥の屋内非常階段を目指す。
「圭介っ!」
近衛が階段を駆け下りる。一階分ほど下りると人の気配がして、それが圭介であるとすぐに分かった。
圭介は階段の踊り場にいた。あと半階で五階というところで、しゃがみ込み、俯いていた。
その光景に、近衛が驚く。
「大丈夫か」
近衛が駆け下りると、圭介は振り返り驚いて起ち上がる。
「無理するな」
近衛がそう窘めて手を差し出す。圭介は厳しい目を近衛に向けたままだった。
近衛が圭介の腕を掴む。
すると、圭介がその手を激しく振り払った。
「触んな!」
これまでにない程の激しい拒絶にあう。
圭介の眼が、全力で近衛を拒否していた。
圭介が何ショックを受け、傷つき、今の状態に至るのか。
すべて浅はかな自分の行いのせいだった。
圭介が起ち上がり、近衛を無視して背を向ける。身体を庇いながら、自宅に向かう。全身全霊で拒絶されているのがありありと分かり、強引に引き留めればさらに興奮して手が付けられなさそうな気配がして、圭介を気遣う近衛の手は、むなしく宙を描いたのだった。
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