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「は?」
近衛の反応は素に近い。
ちょっと待て、なぜそんな話になる。
「自覚ないのかな」
近衛の反応を見て、朋美は苦笑し肩をすくめる。
ここで惚け通せば、それまでの話だろう。だが、近衛も気になった。彼女は自分の何をもって、色気と読みとったのだろう。
「なんの自覚がないって?」
「恋愛感情」
彼女の口からはなんの抵抗もなく、本当にさりげなく予想していた言葉が飛び出した。
近衛は小さく笑う。
「おいおい、圭介は男だよ」
しかし、朋美は首を捻る。近衛くんからそんな反応が出るなんてちょっと意外だな、と続けた。
「だって、近衛くんってそういうことを気にする人に見えないんだもの」
衝撃の一言に、本当に目を丸くしたと近衛は思う。
彼女の洞察力に驚いたのだ。これは女性特有の勘なのだろうか。
近衛自身が自分をバイセクシャルだと認めたのは、アメリカに滞在している最中のこと。実際に男性と付き合ったのは帰国直前の一年半ほどだ。
彼女は帰国した近衛と再会してからのわずかな間で気がついたというのか。
近衛はさすがにくらりときた。
「……ちょっ……」
「あれ? 違う?」
大切なものを守るために隠すという行為には慣れている。なのに、こうも簡単に見破られるとは思いも寄らなかった。
「違う? って言うけどさ。……朋美ちゃんからは、俺はどう見えるんだ?」
朋美は少し考える。
「前から思ってたの。近衛くんは圭くんが絡むと情熱的な人になるなあって」
本当に朋美には悪意も計算もないのだろう。素直に教えてくれる。
「最初は多分、圭くんの試合を三人で観に行った時かな。グラウンドで倒れた圭くんを、スタンドを越えて駆け寄っていったのが印象的で。
わたし、それまで近衛くんってクールな人だと思っていたの。こんな情熱的な部分があるんだって思ったわ」
気づけば朋美は近衛をじっと見ていた。その反応を伺うように。その視線に気がつき、少し緊張する。
もしかしたら、自分でも気づかぬうちに、彼女の視線に様々な感情を晒していたのかも知れない。
圭介のことになると、いつものように冷静で居られない部分があると自覚している。
「それに、この間圭くんのところにお見舞いに行ったとき、近衛くんが圭くんのことをすごく気遣っているのが、空気で分かった。大切にしてるんだなって。
患者さんだから? って考えたけど、そういう訳でもなさそうだし。なんだろう……、色気かな? なら恋愛感情? って思ったの」
近衛は頭を抱えたくなった。なんだその突飛な話の展開は。このあたりが朋美なのだが、根幹は自分の行動から導かれた結論なのだということは承知した。
朋美はかなりフラットな考えを持っているというのも理解できた。
「圭くんは、気がついてるのかな。もしかしたら近衛くんの気持ちは気がついてないのかも。でも大事にされてるのは分かってるんじゃないかな」
テーブルに頬をついて呟く。彼女の観察眼は自分だけでなく、圭介にも向けられている。
「……で、俺がもし圭介のことをそういう意味で『好きだ』と言ったら、朋美ちゃんは俺に何を言うつもりだったの?」
近衛としては聞いたら危険かもしれないと予感した。しかし、聞かずにはいられなかった。
「うん。それは中途半端な気持ちで圭くんを傷つけないでって言いたかったの。
わたしは正直、近衛くんがどんな人でもいいと思ってる。圭くんを傷つける人でなければ」
近衛は悟った。朋美の中では圭介と自分が喧嘩をして、自分が圭介を傷つけたという設定になっていたらしい。
……ほぼ当たりではないか。
朋美にとってみれば、近衛のことなどどうでもいいのだろう。ただ、圭介のことが心配で、圭介を傷つける人間を許せないと思っている。その清々しいほどに一貫した考えを理解できた。
「圭くんをあれだけ落ち込ませた人間を責めたいわ。大切にしているはずでしょ。何をしているの、とね」
朋美は近衛の眼をみて、きっぱり言った。
胸を掴まれる強烈な言葉だ。
朋美はいきなり立ち上がる。
「さて、言うこと言ったらすっきりした。わたし帰るね」
そう言ってジャケットとバッグを手にして伝票を掴む。そこで近衛に言った。
「あのさ、近衛くん。圭くんは待ってるよ、きっと」
朋美からの問いかけを、近衛は肯定したわけではない。おそらく圭介も。本人たちからは同意が取れなかったが、彼女の中ではすでに確信がある様子だ。
近衛は、朋美をそのテーブルで見送った。
姿が見えなくなると、窓際に視線を投じ、空を見上げた。暗いが、冬の冷たい空気が澄んでいるのは判る。
朋美から発せられる言葉は一つ一つが痛かった。でも正論だ。何より、自分の蒔いた種をそのままにしておくつもりなどない。
すべてを片づけて、圭介に会いに行こう。今の気持ちを伝えようと思った。
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