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後輩が上司になりまして。SS①
「何か欲しいものありました?」
そう聞かれて沙菜は唸りながら首を横に傾けた。
目の間にはシンプルなシルバーのネックレス。宝石に似たような輝きを放つそれと、まるで真珠のようなものがおしゃれに飾り付けられていて、派手過ぎず、かといって地味なわけでもない。
「これ、可愛いなぁって思ったんだけど」
指をさし、皇に伝えるがもう片方の方にも指をさした。
そちらは蒼い輝きを放つ薄い石と同じようなものでも、淡い紫色が重ねられたネックレスだった。
それはシルバーのネックレスというよりも、カジュアルな紐のものだ。
前者は仕事でも使えるけれど、デートのようなときは後者の方が良い気がする。
値段も同じようなもののため、あとは好みの問題だ。
「皇君はどっちがいいと思う?」
振り返ってそう聞くと、彼は「んー……」とこちらに顎を乗せんばかりに近づいて二つを眺める。
それに少しだけドキリとすると、まるでそれを察したかのように手を取られた。
「こっち」
「えっ、なに?」
恋人同士になったのだ。手を繋いだってなんてことないのに、沙菜はその手が妙に熱く感じてしまう。
(意識しすぎでしょ!)
心の中でそう思うも仕方がない。
今日は仕事が休みの、上司部下関係なく恋人同士のデートである。
仕事帰りに一緒にご飯を食べることがあっても、こうやって休みに二人で出掛けるのはそれほどまだ数を重ねていない。
ようするに、まだ沙菜は慣れていないのだ。
「先輩、こっちはどう?」
「ふぁっ?」
ドキドキしている間に皇は足を止め、目的としたものを手に取った。
それは先ほど沙菜が悩んでいたネックレスを混合したようなもので、ダイヤのようなものに、蒼く小さなそれが散りばめられている。
これなら仕事でもカジュアルでも、どちらでも使えそうだ。
「これ、似合いそうだなって思ってたんです」
皇は沙菜の首に当てるようにして見る。すると満足そうに頷いて、それから首を傾げながら「どうですか?」と訊ねた。
「先輩は好きじゃないですか?」
「う、ううん! すごく好き!」
首を横に振り、けれど次には縦に振る。
挙動不審極まりないけれど、皇は特に気にした様子もなく、ニッコリと笑った。
「そしたら買ってきますので、まだ少し店内を回っていてください」
「はーい……って、え!?」
なんとか心を落ち着かせようと普通に返事をしたけれど、少し遅れて内容を理解した沙菜は目を多きくして、今度は両手を横に振った。
「そんなっ、えっ、えっ……!?」
買ってくるというのは自分のものではなく、その手にしているネックレスだろう。
沙菜は慌てて「自分で買うから!」と言うけれど、皇は「はいはい」と適当にいなしてレジの方へと行ってしまう。
可愛いアクセサリーが沢山ある店だ。女性が沢山いて、顔が整っている皇を横目で見る女性客は多い。
最初はそれにムッとしていたけれど、今はその男性を引き留めてください! と言いたい気持ちでいっぱいだ。
「皇君!」
少し大きな声で言うと、皇は振り返り手を伸ばす。
止めるどころか、なぜか手を取られ引き寄せられた。普通は逆な筈だが、そのまま彼はこちらの額に軽く口付けて言った。
「いい子に待っていてください」
「――――っ!」
周りの女性客から小さな声が上がるのが自然と耳に入る。
沙菜は顔を真っ赤にして額を押さえながら、彼の背中を見送りつつ、そのままその場を逃げるように後にする。
あのまま注目の的になるほど、沙菜は強くはなかった。
「お待たせしました」
店の出入り口付近で待っていた沙菜に、皇は笑顔で白く小さくも立派な紙袋を手渡した。
「ちょっと、信じられない!」
まだ熱くなる頬はきっと真っ赤だろう。きっと先ほどのやり取りを見ていた客が沙菜の横を通る度にチラリと視線が来る。それが恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。
「いいじゃないですか。別に会社じゃないし」
「よくない! 会社も問題だけど、ここだって問題だよ!」
「そんなに怒らないでください」
皇は渡した紙袋をまるで二人で持つかのように手を取って歩き出す。
「仕事抜きのデートなんですから、少しくらい浮かれてもいいじゃないですか」
「浮かれるって……」
「先輩は浮かれていないんですか?」
手を繋いで歩く二人に、視線を向ける人はもういない。
彼氏彼女が手を繋いで歩くくらい、なんてことない景色だ。
それでも意識してしまうのは――――
「浮かれ、てます……」
小さな声でそう返す。
これが仕事帰りとかならば、元先輩としての意識があるけれど、今はただの恋人の関係だ。
自分なりに精一杯オシャレをして、そして普段ならば入らないような可愛い店にまで入ってしまった。
可愛い子ぶっているわけではないけれど、どう考えても意識していて、それを別の言葉にするのならば『浮かれている』で正しいのだろう。
「良かった」
皇はまた微笑み、繋いだ手をそっと揺らした。
「今度そのネックレスをつける時は、俺とのデートの時にしてください」
「……ん」
沙菜は小さく頷いて、それから手をぎゅっと握り返して言った。
「その、えっと、ありがとう。プレゼント、してくれて」
それと、
「またデートの日、楽しみにしてるね」
へへ、と小さく笑えば、皇も嬉しそうに笑って「まだデートの途中です」と意地悪く言う。
それに沙菜は唇を尖らせて、少し恥ずかし気に返した。
「先に次の話をしたのは皇君の方ですー」
「そうでした」
彼は首を動かしてコツンと頭をぶつけ合わせる。
「じゃあ先輩、まずは今日のデートを楽しみましょう」
子供のようにはしゃぐ彼を見るのはなんとなく珍しくて、けれど彼らしいとも思う。
沙菜はそれが嬉しく、けれどやっぱり恥ずかしさもあって、それでも嬉しさの方が勝つから。
「今度は皇君の行きたいお店に行こうね」
一歩前に出て、繋ぎ合った手をほんの少しだけ前に引っ張った。
とあるデートのこと。
*END*
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