1. 過ち

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 きっとこのことを、人は「幸せ」と呼ぶんだろう。  それについては散々哲学で教えられてきたのだが、どれもピンとは来ず、曖昧でよく分からなかった。  だが、今この瞬間が、私にとっての「幸せ」なのだと、その時私は直感した。    温かい食事。  暖かい家。  暖かい、人。    地上の世界は、地下で教わったものとはまるで違った。  醜い争いを続けているとか、エゴで生きているとか、このおじいさんの印象には全く当てはまらなかった。  組織は間違ってる。  こんな人たちを殺すなんて、絶対に間違ってる。  初めて地上に出た日、私はそう学んだ。  それがきっかけだろう。今の私がいるのは。  暖かい食卓につき二人でシチューを食べながら、私はおじいさんと沢山話をした。ただ、とりとめのない話を、ずっと。おじいさんは決して、私が何者かを突き止めようとしなかった。それが本当に私を救ったのだ。  温かい食事に、暖かい人。  血の臭いも、殺気もない、暖かい空間。  白く冷たい鳥かごに七年間閉じ込められていた私にとって、その空間の全てが「幸せ」だった。    ずっとこのまま、ここにいられればいいのに。  浮かれている私はそんなことを思っていた。
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