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だが、現実は私を見逃さなかった。
おじいさんと幸せな一時を過ごしていた時、突然甲高い音が鳴り響いた。
「インターホンの音じゃよ。誰かが尋ねてきたんじゃ。」
その音にびっくりして肩を跳ね上げた私に、おじいさんはそう教えてくれた。そしておじいさんは席を立ち、玄関の方に歩いて行った。
もしかして、家の人が帰ってきたのかな...
もしそうなら、私は早くお暇した方が良い。こんな家に、私の居場所は無い。
そう思って、席を立ったときだった。
鼻孔の奥に血の臭いを感じた。
まさか...
その感触を覚え、私は一気に現実に引き戻され、冷たい汗を背に感じた。
私は玄関に急いだ。
予想通りだった。
そこにおじいさんが倒れていた。外から差す青白い光で、玄関の絨毯に暗い色が広がっている事に気がついた。
おじいさんは死んでいる。
それを目の当たりにして、私はそう直感した。
「何をしていた。」
と、開いた玄関の扉に佇む黒い人がそう言ったのを聞いた。
教官だ。
その低い女の人の声で、私は影の正体を知った。
「ね、眠りについてから殺そうと思って...」
「言い訳はいらん。」
分かってはいたが、言い訳など教官には通用しない。
すると教官は外靴のまま、強引に家に上がり込んできた。
「...なるほどな。」
奥の様子を目にした教官は状況を理解したようだった。
そう言って教官は溜め息を吐いた。
「つまりは人情が沸いた、と言う事だな。」
教官の予想は的中していた。だから私は嘘を吐くことも出来ず、ただただ黙り込んで俯いていた。
「黙っていると言うことは、図星だな。」
教官はすかさず言う。
「す、すみません...」
後から思えば、謝るべきではなかったと思う。
この世界では私が「普通」なのだ。そして教官が「悪」だ。
だが、その頃の私は酷く組織を、教官を恐れていた。
だから反抗する勇気も無かった。逃げ出す勇気も無かったのだ。
ただ謝ることしかできなかった私に教官は呆れ、再び重い溜め息を吐き出す。
「説教は戻ってからだ。」
そして教官はテーブルに背を向け、玄関の方に戻って行った。
離れていく教官の背を見ながら、このまま逃げ出すことも出来ただろう。
だが、私は迷い無く、教官のその背について行ったのだ。自分より大きな存在に逆らうには、まだ未熟で、幼すぎた。先を急ぐ教官に必死について行く自分が情けなくて仕方なかった。
いつか絶対に、私は組織を抜ける。
その時はそう自分に言い聞かせることしか出来なかった。
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