1. 過ち

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 だが、現実は私を見逃さなかった。  おじいさんと幸せな一時を過ごしていた時、突然甲高い音が鳴り響いた。  「インターホンの音じゃよ。誰かが尋ねてきたんじゃ。」  その音にびっくりして肩を跳ね上げた私に、おじいさんはそう教えてくれた。そしておじいさんは席を立ち、玄関の方に歩いて行った。  もしかして、家の人が帰ってきたのかな...  もしそうなら、私は早くお暇した方が良い。こんな家に、私の居場所は無い。  そう思って、席を立ったときだった。  鼻孔の奥に血の臭いを感じた。  まさか...  その感触を覚え、私は一気に現実に引き戻され、冷たい汗を背に感じた。  私は玄関に急いだ。  予想通りだった。  そこにおじいさんが倒れていた。外から差す青白い光で、玄関の絨毯に暗い色が広がっている事に気がついた。    おじいさんは死んでいる。    それを目の当たりにして、私はそう直感した。  「何をしていた。」  と、開いた玄関の扉に佇む黒い人がそう言ったのを聞いた。    教官だ。  その低い女の人の声で、私は影の正体を知った。  「ね、眠りについてから殺そうと思って...」  「言い訳はいらん。」  分かってはいたが、言い訳など教官には通用しない。  すると教官は外靴のまま、強引に家に上がり込んできた。    「...なるほどな。」  奥の様子を目にした教官は状況を理解したようだった。   そう言って教官は溜め息を吐いた。  「つまりは人情が沸いた、と言う事だな。」  教官の予想は的中していた。だから私は嘘を吐くことも出来ず、ただただ黙り込んで俯いていた。  「黙っていると言うことは、図星だな。」  教官はすかさず言う。  「す、すみません...」  後から思えば、謝るべきではなかったと思う。  この世界では私が「普通」なのだ。そして教官が「悪」だ。  だが、その頃の私は酷く組織を、教官を恐れていた。  だから反抗する勇気も無かった。逃げ出す勇気も無かったのだ。  ただ謝ることしかできなかった私に教官は呆れ、再び重い溜め息を吐き出す。  「説教は戻ってからだ。」  そして教官はテーブルに背を向け、玄関の方に戻って行った。  離れていく教官の背を見ながら、このまま逃げ出すことも出来ただろう。  だが、私は迷い無く、教官のその背について行ったのだ。自分より大きな存在に逆らうには、まだ未熟で、幼すぎた。先を急ぐ教官に必死について行く自分が情けなくて仕方なかった。  いつか絶対に、私は組織を抜ける。  その時はそう自分に言い聞かせることしか出来なかった。
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