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重い荷物を背負ってとぼとぼ歩く。さっきまで一緒にいた鶴葉とは駅で別れた。彼は薬剤師の免許を持っているので直帰が許されているが、免許の無い僕は帰社して売り上げなどの事務処理をしなくてはならない。
様々な音でごった返す駅前。鈍いエンジン音、けたたましい女子高生の会話、うっとうしい選挙演説。田舎から出てきた頃は、気が狂いそうに感じていたそれらの音も今では慣れてしまった。そんな騒音に交じって、あのドラッグストアの音が聴こえた。
♪マ ツ モ ト ヒ ト シ♪
ロータリーの角で、独特のテンポで耳に残る音。ここにも新店がオープンしたようだ。現在、うなぎ登りのドラッグストア『マツモトヒトシ』
元は、マツモト製剤店という小さな薬局だったが、食品や日用品を取り揃え、ドラッグストアとしての舵を取って押しも押される大企業へと成長した。
うちの会社、浜玉薬局も、『ハマダマ サトシ』として全国チェーン展開で追従したが、売り上げは思うように伸びず。昨年からチェーン店を大幅に減らすことになった。代わって立ち上げられた企画が、原点回帰のプロジェクト。
『富山の薬売り』
顧客を一軒ずつ回って、薬を補充。使った分だけお代を頂く。インターネットで何でも買えるこのご時世に。
会社に帰ると、早々に怒鳴られる。
「おい、そそっか。また薬の数と売上が合ってねーぞ。それと、製薬会社への発注数、また間違えただろう」
いつもの通り飛んでくる、課長の罵声。
「椎名さん、またやられてる」
「まぁ、全部あいつのそそっかしいミスのせいだけどな」
「本当にあいつは、そそっか椎名」
ヒソヒソ話は聞こえないようにやってほしいと思いつつ、課長に頭を下げる。
凡ミスの多い僕、椎名 純平に付けられたあだ名が『そそっか椎名』
同僚、猿岩 有吉の、あだ名を付けるセンスは、悔しいがお見事だ。
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