4人が本棚に入れています
本棚に追加
劇場の中は
薄暗い劇場の中は、沢山の香りで溢れかえっていました。
水の香りに獣の匂い、鉄さびの匂いと焼けたお菓子の香り、どこからするのか死臭まで漂っています。
あなたは思わず顔をしかめ、次に鼻に届いたバターの香りに、再び頭が混乱するでしょう。大丈夫、正常な反応です。
足を運んでください、薄暗くとも、客席の端がおかしな霞で見えなくとも、きっとたぶん、それほど大きな劇場では無いはずです。
ひんやりとした空気ですね、肌寒いですか?あとでブランケットをお持ちしますね。なんせ腐りやすい者を扱っているもので……ほら、役者ってすぐに腐るでしょう?本当に可愛い奴らですよね。大好きです。
笑い声が聞えますか?問題ありません、私にも聞こえます。耳鼻科なんて検索しないでください。劇場内ではスマートフォンおよび電子機器類の電源はお切りください。
さぁ、席に着いてください。あ、違います。その席には先客がいます。見えませんか?落ち着いてください、私にも見えません。眼科なんて言い出さないでください。カメラに映らないだけで、本当にいるんです。
そっちの席は本当に空席です。座って下さい。
本番ではないとはいえ、立ち見ではさすがに役者の気が散る。あなたも足が憑かれるでしょう?あ、気にしないでください。ただの誤字ですよ、予測変換が余計な仕事をしたんでしょう。
それでは改めましての、拙い口上を少しだけ。
どこかおかしな舞台で、
おかしな彼女たちの為に幕が上がります。
客席はがらんとしていて、まだ本番ではないようです。
ゲネプロにしては緊張感はなく、
通し稽古にしては科白覚えも悪いようです。
ハロウィーンなのか、ハロウィンなのか。
それさえも分からずに、
どちらが本当の世界かも不明瞭なまま、
彼女たちは演じます。
あなたはそれにお付き合いくださる、
お客様と通りすがりの『間の子』様。今回はそれで行きましょう。
客電が落ちます。劇場内が暗くなりますが、時々光る人がいますので、それほど恐ろしくはないでしょう。本当に死んだような者が出てきますが、今時の特殊メイクですよ。匂い付きのね。
……見世物小屋みたい?いやだなぁ、今は令和ですよ。しかもうちは座付きも抱えている立派な劇団です。口を閉じてください。失言、失言。私は今だけ耳無し芳一。ほら、口は災いの元。
何だか『間の子』様が口ばかり出すから、口上らしい口上も立てられなかった。悔しいな。恨めしや、です。
では、
くつろいでください。
前の方に男が一人いますがお気になさらず、
ただの関係者です。
最初のコメントを投稿しよう!