劇場の中は

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劇場の中は

 薄暗(うすぐら)い劇場の中は、沢山の香りで(あふ)れかえっていました。 水の(かお)りに獣の(にお)い、鉄さびの匂いと焼けたお菓子の香り、どこからするのか死臭まで(ただよ)っています。 あなたは思わず顔をしかめ、次に鼻に届いたバターの香りに、再び頭が混乱するでしょう。大丈夫、正常な反応です。 足を運んでください、薄暗くとも、客席の(はし)がおかしな(かすみ)で見えなくとも、きっとたぶん、それほど大きな劇場では無いはずです。 ひんやりとした空気ですね、肌寒いですか?あとでブランケットをお持ちしますね。なんせ腐りやすい者を扱っているもので……ほら、役者ってすぐに腐るでしょう?本当に可愛い奴らですよね。大好きです。 笑い声が聞えますか?問題ありません、私にも聞こえます。耳鼻科(じびか)なんて検索しないでください。劇場内ではスマートフォンおよび電子機器類の電源はお切りください。 さぁ、席に着いてください。あ、違います。その席には先客がいます。見えませんか?落ち着いてください、私にも見えません。眼科なんて言い出さないでください。カメラに映らないだけで、本当にいるんです。 そっちの席は本当に空席です。座って下さい。 本番ではないとはいえ、立ち見ではさすがに役者の気が散る。あなたも足が()かれるでしょう?あ、気にしないでください。ただの誤字ですよ、予測変換が余計な仕事をしたんでしょう。 それでは(あらた)めましての、(つたな)口上(こうじょう)を少しだけ。  どこかおかしな舞台で、 おかしな彼女たちの為に幕が上がります。 客席(きゃくせき)はがらんとしていて、まだ本番ではないようです。 ゲネプロにしては緊張感はなく、 (とお)稽古(けいこ)にしては科白覚(せりふおぼ)えも悪いようです。 ハロウィーンなのか、ハロウィンなのか。 それさえも分からずに、 どちらが本当の世界かも不明瞭(ふめいりょう)なまま、 彼女たちは演じます。 あなたはそれにお付き合いくださる、 お客様と通りすがりの『(あい)の子』様。今回はそれで行きましょう。 客電(きゃくでん)が落ちます。劇場内が暗くなりますが、時々光る人がいますので、それほど恐ろしくはないでしょう。本当に死んだような者が出てきますが、今時(いまどき)の特殊メイクですよ。匂い付きのね。 ……見世物小屋みたい?いやだなぁ、今は令和ですよ。しかもうちは座付きも抱えている立派な劇団です。口を閉じてください。失言、失言。私は今だけ耳無し芳一。ほら、口は災いの元。 何だか『(あい)の子』様が口ばかり出すから、口上(こうじょう)らしい口上(こうじょう)も立てられなかった。悔しいな。恨めしや、です。 では、 くつろいでください。 前の方に男が一人いますがお気になさらず、 ただの関係者です。
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