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<第一万(よろず)。‐平和の神様‐> ①
【毘沙門天】
七福神の一柱。
福徳だけでなく武運の神としても信仰を集めている。
また、七福神だけでなく仏教を守護する四天王のひとりでもあり、その際の別名を『多聞天』ともいう。
◆
「本日のおつとめ終了!」
マンションの自宅に帰還するや否や、着ていた衣服を付ぎ散らかし廊下に突っ伏した。
半裸だよ?サービスタイムですよ?
けれどパンツは履いてるから全年齢対象だよ~。
(誰に向けてなに訳のわからないことを言ってるんですかね……)
頭の中で呆れられたところで―――
ガチャ!っと玄関のドアが開かれ、誰かが入ってきた音がした。
「おーい伊呂波、ごはん作りに来たぞ―――って……し、死んでる」
はぁ?別に死んじゃいませんけども?
面倒だからあえてツッコまないけどね?
「マンションの玄関、半裸の遺体と脱ぎ散らかされた衣服。なるほど……」
なんか推理始まった。
なに言ってんだコイツ?
名探偵気取りなの?
脳みそ腐ったの?
何が『なるほど……』だよ。
最近コナン読んだ?
「死因は一つしか考えられない……テクノブレイクか!」
「んなわけあるかぃ!」
なんでそうなる!探偵の素質ゼロかよっ!
もう推理とか一生すんなよっ!?
「いいから早く服着ろ。ご飯作っとくから」
ボクのツッコミも路傍の犬のクソ程度に聞き流し、無遠慮に廊下を行く鞍馬の背中を、ガシッと掴んで引き留めた。
「いや待って。一回待って!インターネット童貞の鞍馬が、なんでテクノブレイクなんて言葉知ってんのっ!?……さてはお前むっつりネット民だなっ!隠れて夜な夜な電子の砂漠でエロ画像見て呟いてんだなっ!『It’a true password.』ってっ!」
「何だよむっつりネット民って……ワードセンス低すぎだろ……」
ディスられた。
くたばれ。
コイツはホント隙あらば貶してくる。
マジくたばれ。
「部活中に同じ部のやつが教えてくれたんだよ。俺ら思春期の男子にとって、一番いやな死に方はテクノブレイクだから、お前も気をつけろってな」
部活中になんてクソみたいな話してんだよ……何部なの?ホモ部?性欲研究倶楽部?
「そんなことより今日オムライスでいいか?特売で買った卵がまだ余ってただろ?」
「今日の夜ご飯のメニューよりも、鞍馬がテクノブレイクの意味をちゃんと理解してるのかが気がかりで仕方ないのだけど、そこんとこどうなの?おっちゃんに教えてごらん?」
「いや結局どういう死に方なのかは教えてもらっていないんだが、名前はちょっとカッコいいよな。必殺技みたいじゃん。『秘技!テクノブレイク!』ってな感じでさ」
なんて恐ろしいことをぬかしてんだ、この恥知らずは……。
「ドちゃクソ恥ずかしい技名であることは理解しておいてね?人前でテクノブレイクなんて叫んだ日には末代までの恥だからね?マジで」
「はいはい。わかったから。問題なければ作り始めるぞ」
お前が恥をかかんよう、親切にも忠告してやったんじゃろうがっ!
なに適当にあしらっとんねん!
「……本当にわかってんの?まぁもういいや。オムライス出来上がるのを良い子ちゃんで待ってま~す。あっ!ちゃんとケチャップライスで作ってよねっ?中が白飯のオムライスなんて認められないわよっ!?」
「なんで急にオネェ口調なんだよ……一応チキンライスで作るつもりだから安心しろ」
ふわふわ卵の外殻にスプーン突き立てて、出てきた純白ライスのガッカリ感たるや……想像しただけで恐ろしいからねっ!
ボクは許せてもケチャップライスまでだよっ!
(自分で作ることなんてしないくせに注文だけは一丁前ですからね……どうしてこんなワガママちゃんに育ってしまったのか……)
うるさいよっ!
だいたいボクだけじゃなくて、母親である宝ちゃんからして一切料理を嗜まないのだ。
親子ともども料理スキルゼロである。
自分たちで作れる料理の限界などせいぜい卵焼きくらいだろう……いや、卵焼きも無理か。
んじゃ全部無理だわ。
「ボクの料理センスが壊滅的なのも、なんもかんも鞍馬が悪い。ボクを甘やかしているからこうなったんだっ!むしろボクは被害者だもんっ!」
「いきなり大声出すなよ……またお隣さんに頭下げに行くとか勘弁だぞ俺は……」
ダイニングテーブルの椅子に掛けられた、もうほぼ鞍馬の専用となった我が家で唯一のエプロンを身に着け、手際よく持ってきた食材をキッチンに並べていく鞍馬くん。
すごくっ……女子力高そうですっ……!
……けどさぁ。鞍馬さぁ?
「そのフリルのついたピンクエプロン使うのいい加減やめなよ……なんか怪しい趣味のある人みたいだし……」
「だって勿体ないだろ?折角あるのに誰も使ってないし。宝さんには可愛いって褒められたんだぞ?」
裾を摘まむな見せびらかせようとするな。やめろおぞましい。
(私も可愛いと思いますけどね~エプロンも鞍馬君も~)
絶対嘘じゃん。おべっかじゃん。
本気だったら女性の感性は一生理解できませんわ。
「女の人の『キャ~かわいぃ~』を本気に受け取んな。あれは罠だ」
「え?そうなの?嘘だろ?どこ情報それ?」
「ネットの海では有名な話だよ。てか男が『可愛い』言われて喜ぶな気色悪い」
「一番たくさん『可愛い』と言われてるような男が「うるさい死ね」……理不尽だわ」
呆れたように肩をすくめた鞍馬が、手際よく調理器具を取り出し料理を始め出したのを見届けて、ボクも部屋着に着替えて料理ができるのをグータラ待つことにした。
料理する鞍馬とおとなしく待つボク。
これが我が家の役割分担である。
適材適所って大切だよね。
なんとなくテレビをつけると夕方のニュースが放映されていた。
学生の大多数に共通することだろうがニュース番組への興味は薄く、例に漏れずボクも同じである。
なんか適当なバラエティ番組でもやってないかと、チャンネルを変えようとしたボクの指を止めるような内容の特集がニュースで取りざたされていた―――
『七福家大解剖!十八年ぶりの奇跡!国立八百万学園に集った七福家!』
……ふんふむ。
なにやら七福家の人間が八百万学園で一堂に会するのは、集まるという意味合いを持つ九の倍数年であるという見識が有力視されているらしい。
国立八百万学園が設立して以来今回は三度目であり、前回は十八年前、その前は二十七年前だったとのことだ。
次回も同様の機会があるとしたら二十七年後になる可能性が高いとのことなので、今年はそこそこに貴重な年なのであると、テレビの中でどこかよく知らん大学の教授様が力説している。
―――七福家かぁ……。
そのあとのニュースでは、七福神から加護を受けた各家の紹介が始まっていた。
吉祥家も七福家の末端に属しているだけあって、最後にちょろっと紹介されていた。
いやでもこれ吉祥家の紹介じゃないよね?
人気女優の『吉祥宝』の紹介やんけ……。
今年は貴重な年だ何だと、威厳まき散らして真面目な顔して解説してた大学教授様も、『吉祥宝イイゾ~イイゾ~』しか言わないただのミーハーオヤジに成り下がっていた。
さっきまでの威厳どこ行った。
雲散霧消しとるぞ。恥じれ。
(宝ちゃんの活躍は嬉しいのですが、これは私としても大変に遺憾ですね~ふむぅ)
「いろはー、皿運んでくれ」
「はいさーい」
ニュースの七福家特集が丁度終わったタイミングで、キッチンにいた鞍馬から声が掛けられた。
我が家の夕飯の時間である。お腹ペコペコなり。
鞍馬が作ってくれた、夕飯の付け合わせのサラダやらスープをダイニングテーブルまで運んで、ご機嫌な夕飯のセッティング完了である。
わーい。
(いいな~いいな~オムライス羨ましいな~)
「おぉ!美味し……そ、ぅ……」
綺麗な卵の皮に包まれた、半円状の見事に美味しそうなオムライスがそこにはあった。
なのに、ケチャップで『POWER』と書かれた無駄なデコレーションのせいでなんかいろいろ台無しだった。
こんなぶち壊し方ある?
なんでこんな酷い事すんの?
武力やら女子力やら生活力やら、果てには『POWER』のおまけつきとか……何なの?
鞍馬お前、力の化身かなんかなの?
どんだけ力好きなの?
ボクの表情から何を察したのか、いやいや何も察してはくれていないのか、笑いながら「上手に出来てるだろ?」と聞いてくる鞍馬くん。
いい、笑顔です……。
このオムライス、まさかプロテインとか入ってないだろうね?
しかし作ってもらっている手前、小言の一つでも言うことは憚られたため、スプーンでケチャップを塗り広げることで妥協しておいた。
残念そうな顔するな。
力好き過ぎか。
テーブルの上には2人分のオムライスと小盛りのサラダ、コンソメスープが並んでる。
……ぅん?2人分?
「今日は鞍馬もこっちで食べていくの?」
「ウチの分は帰ってすぐ作り置きしといたからな。今頃親父たち二人で食ってるよ」
鞍馬はそう言って、度し難いピンクフリフリエプロンを外しながら対面の席に座った。
「鞍馬も自分の家で食ってくればよかったのに……」
「伊呂波一人で食べさせるのも寂しいだろ」
幼馴染の気遣いが身に染みた。持つべきものは便利な鞍馬である。
美少女であったら、尚のこと良かったのに。
なんて思ったのも、別に照れ隠しなんかじゃないんだからねっ!
(私にも照れ隠しでそんな天邪鬼なこと思って……本当に素直じゃないんですから……)
いやいや、ボクだって少し前までは素直で純粋な天使みたいな子どもだったのだ。
世界の汚さを知って堕天しただけである。
イロハドロップアウトである。
でもこれが成長するっていうことじゃないの?
大人になるっていうことじゃないの?
(身長は全く成長しなかったですけどね~)
うるさいよっ!
発育を貶すのは良くないことなのっ!
言っちゃいけないのっ!
テーブルの向かいに座っている鞍馬は、ボクの栄養を吸い取ったかのようにすくすくと育っていったのに。
非常に羨ましい限りである。
利子付けて返してほしいものである。
―――ボクと毘沙門鞍馬は、生まれた時から付き合いのある幼馴染だ。
そもそも吉祥家と毘沙門家はずっと古くからの親交があるらしいが、それもそれぞれの神様同士が持つ『縁』によるものだろう。
神々の結びつきである『縁』は侮ることができない強い力を持っている。
家を加護する神様の持つ因縁は、依代となる人間にも影響を与える。
深い結びつきを持つ神様同士。
親や兄弟。敵対や親交。そして、夫婦などもそうなのだ。
―――例えば、『伊邪那岐』と『伊邪那美』。
―――例えば、『須佐之男命』と『櫛名田比売』。
―――そして、例に漏れずボク達『吉祥天』と『毘沙門天』。
神様同士の結びつきは、依代となる人間同士の結びつきにもなる。
神様は信仰によって、その存在を確立し威光を放つ。
その名声が広がり、多くの人からの認知と信仰を得ている神様がより強い力を持つように、神様同士の関係も認知されるほどに影響の強いものとなるらしい。
まあ、そんな蘊蓄はどうでもいい。
腹の足しには一切ならんのだし。
「「いただきます」」
サラダをむしゃむしゃ、オムライスをむしゃむしゃと二人で食べ進めている最中、先程のニュースの内容をふと思い出した。
「そういえばさ?さっきニュースで七福家の特集みたいのが放送されてたんだけどさ」
「あぁ……今年は七福家の人たちの誰かしらが八百万学園に関わっているからな。巷では『奇跡の世代』なんて呼ばれて騒がれてるって話も聞いたことあるな」
もうちょい違ったワードなかったの?有名バスケ漫画の丸パクリってどうなのそれ?
「なんて呼ばれてるとかはとりあえず置いといて、っていうかどうでもいいんだけどさ。正直ボク七福家のことよく知らないんだよね?たいして興味もなかったし」
「興味ないって……今は吉祥家も七福家の一員なんだからな?基本の七神様ほど認知度は高くないかも知れないが、正月とかの顔合わせや宴会にも招待されてるだろうが……」
なんか残念そうに言ってくれてるけど、吉祥家が七福家だとかどうでもいいのである。
いつも七福家の集まりにも参加してないし。宴会とか挨拶とか顔合わせとか、非常に面倒で嫌だし。
本来、七福神は『大黒天』『恵比寿』『毘沙門天』『弁財天』『布袋』『寿老人』『福禄寿』の七神で成立しているが、『寿老人』と『福禄寿』を同一神とする場合は、ボクが寵愛を受けている『吉祥天』か『猩々』が入ることもあるらしい。
だけど基本的には『吉祥天』と『猩々』は七福神に含まない方がオーソドックスなのだし―――
「い、いやいや……本来なら吉祥天は七福神に含まれていないわけじゃん?だから遠慮しといた方がいいじゃん!?ほかの七福家の人たちも不快に思うかもしれないじゃん!?」
「言い訳下手過ぎかよ!落ち着けよ!お前の場合ただ単に面倒臭がってるだけじゃねぇか!むしろ招待されてるのに一度も参加してないことに角が立ってるっての!」
「一回は参加したことあるよ!ゼロじゃないよ!訂正してよ!」
「しゃらくさいわ!ゼロでも1でもたいして変わらんわ!」
初めて正月の宴会に参席した時に非常に色々と面倒だったので、もう勘弁してと嫌になってしまったのである。
一つだけ嬉しかったことと、大きな心残りはあるんだけど……。
「ぐぬぬ……」
「はぁ……まったく。言い訳のセンスもゼロ。料理スキルもゼロ。さらには生活力も筋力も男らしさもゼロときたもんだ。いろんなスキルもセンスもゼロとかまさにゼロの執行人だなっ!ハハッ」
「あ˝ぁ?なに笑てんねん!コナン映画の新作出たら賞味期限切れそうな単語を使ってディスるのやめろ!毎年新作出るんだぞ?安室好きかこの甘ロリ腐れ男子っ!」
大変良い笑顔でボクを貶めながら、スープを啜りやがって。
さっき家に入ってきた時のコナンが実は伏線だったってかっ!?
てか伏線ですらないしっ!
しょうもないしっ!
「だからロリじゃないってのに……それでニュースの特集見て、七福家にも少しは興味を持ったから、俺に聞こうとしたってところか?」
うわぁ……。
「察しが良すぎて逆に引く」
腐れ幼馴染はボクの意図を瞬時に察してくれたみたいだった。
理解の早さにボクはドン引いた。
なんでもお見通しとかホモみたいだからやめろ。
「理不尽過ぎる……なんで言い当てたのに詰られにゃあかんのだ……」
呆れたのか落ち込んだのか、肩をガクリと落とした鞍馬の様子を見て、先程ディスられた溜飲が少しは下がった。
まぁ許してあげよう。
ボクは寛大な心の持ち主だからねっ!
……なんて、ホモだ引くだと言ったけれど―――
ボクの意図をすぐに察してくれるし、料理も上手だし、なんだかんだで面倒も見てくれるし。
―――ボクは本当に、良い幼馴染に恵まれたものである。
恥ずかしいから、絶対に口には出して言ってあげないんだからねっ!
(そういう素直な思いを伝えてあげれば、鞍馬君の日頃の苦労も少しは報われると思うんですけどねぇ……本当に素直じゃないんですから……)
しょぼくれながらオムライスを食べる鞍馬を見て、ボクはちいさく笑いを零しながら、美味かったオムライスの最後の一口をパクリと頬張った―――
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