19人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前……絶望していないか?」
歩き続けて、青年と話せる距離にまで近づくと、声をかけた。
こちらを警戒しながら見つめていた青年が、目を瞠り、品定めをされているような気がしていたのか、警戒する。
「……だとしたら、なんだ?」
「俺と、契約をしないか?」
「契約? 金なんてないぞ?」
青年は思わず言った。
「金は要らない」
低い声で男が言った。
「契約できるようなものなんて、なにも、持ってない」
青年がふるふると首を振った。
「あるだろう? お前の喜びや楽しさ。つまり、俺との契約で必要なものは、感情だ。それを俺に寄越せ。代わりに、偽りの感情を渡してやる」
男はフードを外しながら言った。
直登は男の目に惹かれた。右目が真紅で左目がダークブルーのオッドアイで、瞳の真ん中だけ黒。癖のある黒髪は首のあたりで切られており、切れ長で吊り上がった目をしていて、一見、不機嫌そうにも見える。白い肌に、高めの鼻梁と冷たい笑みが刻まれた薄い唇。とても美しい顔立ちをしている。
「偽りの感情、ってなんだ?」
青年が男の顔を見ながら尋ねた。
「本物の感情の代わりとなるモノだ。心の中にまだ感情が残っていると、錯覚させる。要は、騙すんだ。まだ落ち着いていられるから、笑えるから、大丈夫だと、思い込ませる。自分のあらわしたい感情はなんなのか、ってことは分からなくなるがな。お前は特別に、感情の一部分をもらうことにする。お前は面白い」
青年はしばらく考え込んだ。
「僕はこのまま、ここでなにもできずに死ぬのは嫌だ。君と契約すれば、それを回避できる?」
「ああ」
男がうなずいた。
最初のコメントを投稿しよう!