第二章 契約を交わしてからの初仕事

3/6
前へ
/72ページ
次へ
「誰でもいいだろう。……欲しいものがある」  ヴァノは低い声で言った。 「お金なの?」 「いいや、命の次に大事なモノだ」  ヴァノは冷たい笑みを浮かべた。  それに怯える女。 「親が子を守り、育てる。それが当たり前だと思っていないかい?」  それまで黙っていた直登が口を開いた。 「だとしたら、なんなのよ!」 「それは当たり前だと思っていいことじゃない。この世には親に棄てられたり、早くに親を亡くして、独りで生きなければならない子もいる。親が子を愛するというのは、きっと、幸せなことなんだ」  直登は静かな声で言った。 「……だけど、僕は、それを赦せない。僕達は、君達を殺しにきた」 「娘は悪いことをしていないわ! どうか、どうか、娘だけは見逃して……!」  女から立ち昇っていた黒い煙が急に濃くなった。 「馬鹿だな。君はそれでいいかもしれないが、残された娘が路頭に迷うって、分からないのか? ……生きることは、とても惨い」  直登は、はっと鼻で笑いながら言った。 「小さな幸せにも気づけなくて、ごめんなさい! これからはそれを噛み締めるから……!」  そう言う女から放たれた煙は、部屋を覆い尽くしている。 「もう遅い。……君達はここで、死ぬんだ」  直登は、残酷な言葉を、噛み締めるように口にした。 「え……? し、死にたくない! 死にたくない!」  女は泣きながら、叫び始めた。 「……生きたいという願いを壊さなければ、僕は前に進めない」  呟くような台詞を聞き取ったのは、ヴァノだけだった。 「なにもかもに絶望したか? そんな貴様だからこそ、差し出せるモノがある」  ヴァノは一歩踏み出しながら言った。 「え……?」 「貴様が抱いている、その〝感情〟すべてを、もらい受ける」  茫然と立ち尽くしている女の胸に右手を翳した。 〝感情の支配者の名を以って命ずる。感情よ、我が手に宿れ〟  黒い光が生まれ、掌に乗るくらいの小さな宝玉が出てきた。と同時に、女の目から光が消えた。 「さらばだ。……小さな幸せにも気づけない、愚か者よ」  ヴァノが言いながら、刀を抜いた。  深いダークパープルの刀身を見た直登は、その美しさに目を奪われた。  ヴァノは躊躇わず、女の首を刎ねた。  鮮血が迸り、生首がごろんと床に落ちた。
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加