第三章 直登の抱える闇

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「そうだ、お前は俺と同じ、罪人(つみびと)になったんだ。……苦しいか、哀しいか? それでも生きなければならないことが、惨いと思うか?」 「……うん」  直登はヴァノのストレートな言葉に、涙しながらうなずいた。 「人が感情を失うということは、無になることを意味する。見ただろう? 人から感情を奪うと、抜け殻になったのを」  ヴァノは静かな声で言った。 「……人が死ぬって、ただ、終わるだけなんだね。そこに……救いはあるの?」 「救いなんぞ、ない。どうだ、初めて人の心を殺した気分は?」  ヴァノはきっぱりと否定しながら、尋ねた。 「そうなんだ。辛い……ね。心が痛いと、訴えているよ。殺すしかなかったのに、もっとほかに方法はなかったのかと、問いかけてくる。……おかしいな、覚悟していたはずなのに」 「想像していたよりも、ショックが大きかったんだろう。……思いっきり泣け。人の心を殺すことが、どれほど罪深いことなのか、思い知れ。自身の心の叫びに、耳をかたむけろ。そうすれば見えてくる。お前が〝なにを犠牲にしたのか〟が」  ヴァノは静かな声で言い放つと、二階へ上がった。 「僕がなにを犠牲にしたのか……か」  直登は部屋で一人、呟いた。  ――僕は生きるために感情の一部を差し出した。彼女達の心を殺すために、なにを犠牲にした? 優しさ? 同情? それとも、自分を大切にするという心?  ただの勘でしかないが、思いついたすべてを犠牲にしているように思う。  自分の言葉で他人の心を殺すのは、容易(たやす)かった。が、楽しんでいたのではない。自分でも恐ろしいほど落ち着いていた。冷静だった。それしか憶えていない。  だが、後になってその重みに気づく。  心が引き裂かれるような、痛みを、哀しみを、苦しみを、感じた。  涙が溢れてくる。  声を出さないように必死に堪えながら、直登は感情の波に翻弄され続けた。  ――こうなっても、僕は生きなきゃいけない。感情の波が荒れ狂おうが。僕は、もう、ただ日々を過ごしている人間じゃない。人の心を殺すと決めた罪人だ。それに、引き返すことは、できない。  直登は一人、泣きながら、決意を新たにした。
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