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「分かった。その契約、受けるよ」
意を決した青年は言った。
「よし、契約成立だ。そのまま、動くな。〝感情の支配者の名を以って命ずる。喜び、嬉しさ、楽しさの感情よ。宝玉となりて、我が手に宿れ〟」
男は言いながら、青年の胸に左手を翳すと黒い光が生まれ、掌に乗るくらいの小さな宝玉が出てきた。
「これは、宝玉という。人の感情、つまりはエネルギーだが、それをひとつに凝縮したモノ。命の次に大事なものとされている。その色はさまざまあるが、大きく分けて、単色か、深い色に分けられる。感情の一部を取り出して宝玉にすることもできる。いわば、写真のようなもの。宝玉を手にしてしまえば、エネルギーは枯渇することなく、契約者が死んでも、それは宿り続ける」
男は持っていた鞄の取っ手に腕を通して引っかけると、空いた手に宝玉を置いて握った。
右手の指先で外套をはだけさせると、ジャケットの胸ポケットに左手を突っ込んだ。
男は取り出したのは、透明な宝玉。
「これが〝偽りの感情〟だ」
それを胸に当てると黒い光を放ちながら、溶けるように吸い込まれていった。
感情を抜き取られたときも、偽りの感情を入れられたときも、痛みはない。ただ、冷静にそれを受け止めている自分がいた。目の前で不思議な出来事が起きたのにもかかわらず。
そんな青年を見ながら、男は手にした宝玉をよくよく観察する。
深い紫色をしていたが、少し黒が混じっている。まるで煙のように。こんなに深く複雑な色は初めて見た。男はこれまで見てきた数多くの宝玉の色を思い出す。さまざまな色があったものの、単色ばかりだった。男は左手で首からさげているケースつきのネックレスを引っ張り出すと、ケースに宝玉を収めた。それは宝玉にぴったり嵌まるように作られていた。
次の瞬間、ネックレスから深く暗い紫色のオーラが広がり、男の身体を包み込んだ。しばらくすると徐々にオーラがネックレスに集まり、ふっと消えた。
男は腕に引っかけていた鞄を右手に持つと、直登の目の前で片膝をついた。
「お前の感情、なかなかのものだ。……これで、お前は俺の主となった。お前の刀となり、楯となろう。……名は?」
「……直登」
名だけ答えた直登は、男の言葉の意味を考えたが、答えは出せなかった。
「俺はヴァノ。……では、お前はどうしたい?」
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