プロローグ 悪魔との出会い

4/5
前へ
/72ページ
次へ
「分かった。その契約、受けるよ」  意を決した青年は言った。 「よし、契約成立だ。そのまま、動くな。〝感情の支配者の名を()って命ずる。喜び、嬉しさ、楽しさの感情よ。宝玉となりて、我が手に宿れ〟」  男は言いながら、青年の胸に左手を(かざ)すと黒い光が生まれ、掌に乗るくらいの小さな宝玉が出てきた。 「これは、宝玉という。人の感情、つまりはエネルギーだが、それをひとつに凝縮したモノ。命の次に大事なものとされている。その色はさまざまあるが、大きく分けて、単色か、深い色に分けられる。感情の一部を取り出して宝玉にすることもできる。いわば、写真のようなもの。宝玉を手にしてしまえば、エネルギーは枯渇することなく、契約者が死んでも、それは宿り続ける」  男は持っていた鞄の取っ手に腕を通して引っかけると、空いた手に宝玉を置いて握った。  右手の指先で外套をはだけさせると、ジャケットの胸ポケットに左手を突っ込んだ。  男は取り出したのは、透明な宝玉。 「これが〝偽りの感情〟だ」  それを胸に当てると黒い光を放ちながら、溶けるように吸い込まれていった。  感情を抜き取られたときも、偽りの感情を入れられたときも、痛みはない。ただ、冷静にそれを受け止めている自分がいた。目の前で不思議な出来事が起きたのにもかかわらず。  そんな青年を見ながら、男は手にした宝玉をよくよく観察する。  深い紫色をしていたが、少し黒が混じっている。まるで煙のように。こんなに深く複雑な色は初めて見た。男はこれまで見てきた数多くの宝玉の色を思い出す。さまざまな色があったものの、単色ばかりだった。男は左手で首からさげているケースつきのネックレスを引っ張り出すと、ケースに宝玉を収めた。それは宝玉にぴったり嵌まるように作られていた。  次の瞬間、ネックレスから深く暗い紫色のオーラが広がり、男の身体を包み込んだ。しばらくすると徐々にオーラがネックレスに集まり、ふっと消えた。  男は腕に引っかけていた鞄を右手に持つと、直登の目の前で片膝をついた。 「お前の感情、なかなかのものだ。……これで、お前は俺の主となった。お前の刀となり、楯となろう。……名は?」 「……直登(なおと)」  名だけ答えた直登は、男の言葉の意味を考えたが、答えは出せなかった。 「俺はヴァノ。……では、お前はどうしたい?」
/72ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加