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真夜中パレード
小さな公園に、大きな馬車の影。白の毛並みの美しい二頭の馬に引かれる甘い果実の車輪を持った、動物の髑髏を模した荷車には誰も乗っていない。ただ幻のその馬車に、夜の影が落ちる。
馬の目が暗闇にぼうっ、と光り、その先にいた背の低い少女を照らした。腰まで伸びた五線譜みたいな綺麗な茶色の髪をはためかせ、流麗なステップを踏んでいた。
「恋恋、恋して真夜中のダンス!音響かせて星を奏でよ!」
そう言うと、少女は手に持っていた持ち手に犬があしらわれたステッキを天に掲げた。
――刹那、夜空に瞬いていた星星が落ちてきて、みるみる内に光る音符になり、少女の上に浮かんだ。
音符たちは左右に小刻みに揺れながら、少女が踊るのに合わせてくるくると回っている。音符自体が星のように煌めき、髑髏の馬車にスポットライトが当たった。
すると、そこにはいなかったはずの線の細い少年がぶかぶかの燕尾服と大きな黒いハットを被り、荷車の中で脚を組んでいる姿がはっきり見えた。
シャンシャンと音を鳴らして踊る少女が、ステッキを地面に付いて立ち止まり、高々と指を鳴らすと、少年は一瞬にして髑髏の上に立ち、恭しく頭を下げていた。ハットを投げ捨て、少年は中性的な声で叫ぶ。
「僕ら今闇の中、暗い夜の思い出の中。さあさ始めよう真夜中のパレード!」
真夜中と言う割には、公園の中央に佇む時計が指す長針と短針は八と七の間にいた。しかし、少年の叫びに呼応するかのように、二つの音符が時計に向かって飛び出して、その時間を真夜中に進めてしまう。
闇深く、星が落ち、髑髏の上で少年が笑う。
「――」
その笑い声を導くような、宵闇を撫でる綺麗な歌声が、遠くから響いていた。
少女は再び踊りはじめ、少年も髑髏の上で身体を揺らす。
その上で、星の音符がくるくる回り――。
音符から音符へ、重力を感じさせない動きで華麗に飛び移りながら踊っている、長い白髪に差した黄色が目を引く少女が歌声の主のようだ。音符たちはその緩やかな歌に応えるようにそれまでのアップテンポなウィンナ・ワルツ調からスローワルツのような調子に変えて揺れた。少年も、茶髪の少女も。
時が動かないようにと時計の針を押さえる音符が数分おきに交代していて、真夜中から時間は進んでいないようだ。
どれだけの時が経とうと、調を変え演目を変え、三人と星の音符は踊り続けた。どこか、生気を感じない目をしながら、手を取り合って踊って。
まるで――。
まるで、何かを。
誰かを。
待っている、みたいだった。
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