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来訪者
眠くなるような春の陽気に包まれながら、平和島満は目の前に広がる光景を眺めていた。
彼にとっては馴染みのない、洋風の石や煉瓦で出来た建物が並び、足元は石畳で舗装されている。
「凄い街並みだね」
「ここは王城の城下町だからな。
できる限り文明的に見えるように城下を整備した結果だ」
満の言葉に、傍らに立った人物が答えた。
目深にフードをかぶり、魔法使いのようなローブを身に纏っているが、その身に付けている服も装飾品も明らかに高価なものだった。
満はこの世界のことをまだあまり知らない。
彼はこの世界の人間では無かった。この世界に来て一年も経っていない、異世界から召喚された人間だ。
満を召喚したのは、彼と話をしている相手、勇者の宿敵である魔王と呼ばれる存在だった。
彼は特別な外見をしていた。
身体中の肉が全く無く、骨が剥き出しになった身体があやつり人形の様に勝手に動いている。
落窪んだ眼窩には赤い光が点っており、ハロウィンの作り物のような不気味な姿を晒していた。
錬金術師の王。
不死者である彼は、元々は人間だったが、ある時を境に怪物になってしまったらしい。
人の時の名をアンバー・ワイズマンという。
彼は元オークランド宰相まで上り詰めた、偉大な魔導師であり、錬金術師だった。
満以外にも過去に一人勇者を召喚したのだが、彼の存在が世界のパワーバランスを壊した。
勇者の存在はこの世界にとって異物であり、世界の秩序を壊す厄介な存在だと、彼は身を持って知っていた。
彼は人間を辞めて、先代の魔王と共に国の基盤を造り、すり潰されそうになってい魔族たちの最後の土地を守った。
アーケイイック連邦王国は魔族にとって最後の安住の地なのだ。
この世界は約百五十年に一度だけ異世界から一人の人間を招くことが出来る。
その異邦人こそが勇者と呼ばれ、世界を救う運命を背負う人物だ。
押し付けがましい制度だが、この世界ではそれが慣例となっている。
アンバーの召喚した一人目の勇者は、過度な期待をされた挙句、戦争の旗印にされてすり潰され、戦争の歴史の中に消えた。
新たな勇者もそうなるはずだったが、魔王であるアンバーが召喚したことで、本来の目的を見失っていた。
戦いの日々に身を投じるはずだった勇者はダラダラと異世界を楽しんでいる。
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