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「明日、いよいよオープンですね」   感無量といった様子で、店長が私に話しかけてくる。私は店長とは違った感慨を抱いていた。会社としては初業態のイタリアンバルを、文京区湯島に初出店する。新しい試みに会議は何度も紛糾したが、とうとう明日開店というところまでたどり着いたのだ。  客席の壁の木目を間接照明が柔らかく照らし、厨房に並ぶ調理器具は光を反射して輝いている。店長の目が輝いているのは、調理器具が反射した光を受けているからだけではなかった。  明日、この店にやってくるまだ見ぬ客の顔を想像しているのだ。どんな人たちが来るのだろう。家族連れだろうか、会社帰りの同僚だろうか。もしかするとプロポーズを控えたカップルかもしれない。 「そうですね、期待しています」  ここはゴールではなくスタートであると私はよく知っている。店長やスタッフがきらきらと目を輝かせながらオープンした店舗の売上が伸びず、閉店していく様子は何度も見てきている。  私の立場はスーパーバイザーだ。客と接するのは彼らだ。また食べたいと思う美味しい料理を提供し、また来たいと思わせるサービスをするのは私ではない。彼らが頑張らなければどうにもならない。
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