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暖かい空気を肌に感じ、ふと、目を開けると、目の前で暖炉の炎がゆらめいていた。 背後で、もぞっと動く気配がして、小さな悲鳴を上げる。 思わず飛び起き、身体をこわばらせながら周囲を眺めていると、しわがれた声がした。 「気付いたか…」 眼前には、お爺さんがいた。 彼は、ゆっくりと目の前に座ると、私の腹部に聴診器を当て始めた。そして、私の首を両手で包み込むように触れたり、大きく口を開けるよう催促し、私が口を開くとじっくりとなかを覗いた。 渡された体温計を脇に挟むと、お爺さんは柔らかい口調で語りかけた。 「少し凍傷があるが、ちゃんと処置すればいい…体に異常は無いから、大丈夫だろう…。」 私は、赤くなった手足の指先に視線を落とした。 突然、大きな舌が頬に触れたので、再び悲鳴を上げてしまった。 私のそばには、ちょろりと舌を出し、小刻みに吐息を漏らす獣がいた。 「犬?」 そんなことを呟くと、遠くから低い声がした。 「犬じゃない…オオカミだ…」 オオカミ? 私の脳裏に、グリム童話のエピソードが蘇り、身震いした。 「え~っ…」 後ずさりすると、背中に柔らかい感触があり、再び叫んでしまった。 「きゃあ」 振り向くと、こちらを静かに見つめる獣がいた。 「鹿…」 へたり込む私に、お爺さんが声をかけた。 「大丈夫…この子は危害を与えたりしないから…」 そのとき、段々とこちらに近づく物音に気づき、音のする方に視線を移した。 そこには、若い男が立っていた。 彼は、凍りつくような冷たい表情で、私を睨んだ。 先程、遠くで聞こえた低い声の主は彼なのだろうと思った。 ガタリ、と大きな音がしたので振り向くと、扉が開いた。 「本っ当に、立て付け悪いわね~この扉…。」 開いた扉のあたりに立っていたのは、若い女の人だった。 彼女は深いため息をつくと、先程から私の背後に立っている低い声の主を睨みつけた。 「玲(れい)、箱ばっかり作ってないで、いい加減に扉を直しなさいよ…毎回、開くの大変なんだから…。」 玲、と呼ばれたその男は、仏頂面のままわずかに眉をひそめ黙っていた。 女の人は両手を腰に当てると、もう~とふくれっ面をしていたが、すぐに表情をやわらげ、私の正面にしゃがみ込んだ。 「気が付いたのね…もう、大丈夫よ…これから、お姉さんと一緒に病院に行こうね…。」 病院? 私は、首を傾げて周囲を見渡した。 「お爺ちゃんがいない…」 「えっ…何?」 お姉さんは、不思議そうに尋ねた。 「病院…行かなくても大丈夫だよ…さっき、お医者さんがいたの…体に異常は無いから大丈夫だって…。」 「医者?」 玲の、低い声が響いた。 彼は腕を組みながら、私を睨んだ。
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