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「ホント、昔から言い出したら聞かない男だよ、善ちゃんは……」
どうやら、タキさんは善次郎さんとは旧知の仲の様子であった。
「ほら、行くよ」と、溜息と共に腰を上げて、タキさんは伊藤さんの袖を引いた。
「えっ、え?いいんですか?」
タキさんに追い立てられる伊藤さんは、戸惑うばかりの様子で私たちを交互に見遣った。
「女の秘密なんて、むやみやたらと暴くもんじゃないよ。それに、あんたは振られちまったんだから、もう構うこたぁ無い。ほっといて、次に行けばいいのさ」
噂好きであるタキさんらしくは無いが、いかにもタキさんらしい。
「おお、ここが『後は若いお二人で』という場面か。どうも、勝手が分からなくてすまないね」
いえ、違います。
ご隠居さんは私の肩をポン、ポンと軽く叩いて、平時と何ら変わらずに、にんまりと哂う。
「うちの自慢の子は、皆に大好評だ」
いえ、最早色々と違います。
ご隠居さんはいつも通りに飄々と、口笛を吹きながら自室に向かってしまった。
鎮まり返った食堂で、取り残された私と善次郎さんは、まさにお見合いだ。
互いに譲り合うことなく、暫しお互いの目を見つめていた。
さて、どこから話したらいいものか。
私は定まらないままに、重い口を開いていた。
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