距離感

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 あれから気恥ずかしさが半端ない。 取り分け、どの面下げて善次郎さんに会えばいいのか分からない。 宗太と奈津の『かくれんぼう』の遊び相手をしながら、私は本気で穴を探し求めていた。 「いい歳して、大泣き……」 きっと、宥めようとしてくれたのだろう。 寄り添ってくれた善次郎さんの懐の深さに気が緩んで、さらに涙が溢れるという悪循環。 さぞや困らせたに違いない。 男の人の懐に縋りついて泣くとか……。 思い出して顔から火が出る。 (いや、いや、少なくともあれは私じゃないんです!!!) どこの三流映画だと、今なら罵れる。 垣根の裏で蹲って頭を抱えていた私は、探しに来た宗太と目が合った。 「あ、ユキちゃん見ぃっけた」 いいな……子供は無邪気に甘えられて。 「宗ちゃん、抱っこしてもいい?」 何故だか無性に人肌が恋しくなってしまう。 「やだ。次はユキちゃんが鬼だもん」 素気無く宗太は駆けて行ってしまう。 こちらが抱っこしたい時には何ともつれないものだ。 五十を数えて重い腰を上げた。 ここで隠れていたところで、やらかしてしまったことは取り消せない。 「もういいかい」 (はて?) 『もういいよ』と、返る筈の返事は待てども返らない。 どうしたのかと訝しんで探しに向かえば、どうやら『かくれんぼう』は既に終了していたようだ。 二人は隠れもせずに、お父さん――善次郎さんに纏わりついて『飛行機』をせがんでいた。 飛行機――抱っこをして、振り回してもらう子供が大好きな、それでいて大人には、なかなかにハードな遊びだ。 善次郎さんを認めて、私は咄嗟に塀の陰に隠れてしまった。 (か、隠れてどうするのよ!?) そうは思うが踏み出せないまま、彼ら親子の様子を壁越しに覗き見ていた。 ん? 派手に振り回されて、きゃは、きゃは、と無邪気に笑う奈津に対して宗太は頬を膨らませている。 「なっちゃんばっかりズルい!」 「宗太はさっきしたろう?」 分かります。 延々とする羽目になるんですよね。 喜んでくれることが嬉しくて、こちらも張り切ってしまうのだが、目は回るし重いしで、そう長く続けられるものではない。 「なっちゃんのが長いもん!」 宗太が癇癪を上げ始めた。 「長くないぞ?同じだ」 そんな正論は通じそうにない。 「長いもん!もう宗太の番!」 まだ勢いよく振り回している途中で宗太が割り込もうとした。 「危っ……!」 ここから止めに入る手が間に合う筈もない。 「うわぁああああん」 奈津の足が宗太の顔を蹴り付けてしまい、宗太は派手に泣き喚いてしまう。 「ふぅ……自業自得だ。順番を守らない宗太が悪いんだぞ」 ごもっともですが、三歳の宗太にはまだ難しいです。 痛い思いをしたのに、優しい言葉も掛けて貰えないばかりか、叱られてしまった宗太はすっかり臍を曲げてしまった。 うわぁん、うわぁん、と抗議する音量を引き上げた。 泣いて手に負えない状態だが、そもそも善次郎さんに手を差し伸べる気は無いようで、ただ黙って宗太を見下ろしている。 その眼が泣いても無駄だと静かに告げていた。
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