距離感

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 剣呑な様子に耐えかねたのは奈津だった。 宗太に謝ろうと歩み寄る。 「ご、ごめんね。宗ちゃん……」 奈津は、弟想いの優しいお姉ちゃんなのだ。 「奈津が謝る必要は無い。順番を守らない宗太が悪いんだ」 奈津の頭を撫でる善次郎さんは正しいが、宗太の音量は又跳ね上がった。 このままでは、宗太に雷が落ちるのは時間の問題だろう。 「宗ちゃん、大丈夫?」 教育的指導とは言え、私は遂に見かねて声を掛けた。 余計な手なのかもしれないが、宗太が泣き出したら長いことは知っていた。 (素直なくせに、いっちょ前に頑固なのよね……) 「ユ、ユギちゃん……」 えぐっ、えぐっと泣く宗太の頬を手巾で拭う。 「痛かったね。危ないから終わるまでは近づいたら駄目だよ」 「らって、全然代わってくれない」 「一度も代わって貰ってないの!?」 少し驚いた声音で問えば、宗太は黙ってしまった。 「なっちゃんは待ってくれなかった?」 宗太は首を横に振る。 もう、涙は止まっていた。 「なら、きっと宗ちゃんもなっちゃんのために待てるね。宗ちゃんは凄く優しい子だもの」 「ん」 いじらしくも小さく零した宗太が可愛らしすぎる。 「宗ちゃん、ごめんなさいしようか。なっちゃん、折角の飛行機が全然楽しくなかったと思うよ」 「ん、ごめ……なさい」 奈津にごめんなさいをした宗太の頭を、善次郎さんは撫で付けた。 「えらいぞ」 大好きなお父さんに褒められて、今泣いた(からす)はもう笑っている。 「お帰りなさい。随分と早いお迎えだったんですね」 まだ陽は高い位置にある。仕事が一区切りしたのだろうか。 「いえ、玄関口の手入れにこちらを覗きに来ていて、つかまってしまったんです」 端に置いた道具箱に、うちの建具を直してきてくれていたことを知る。 「早速にありがとうございます。具合は良くなりましたか?」 「ええ。滑りが良すぎるようでしたらまた言ってください」 普段通りに振舞っているつもりでも、何となく会話がぎこちなく、落ち着かないと思うのは私だけか。 けれど、気の利いた話など私にできる筈もない。 「宗ちゃん、なっちゃん、次は何して遊ぼうか?」 子供たちに助け舟を求めた。 「いえ、そろそろお暇します。折角のお休みだというのにずっと相手をさせてしまっては申し訳ないですから」 「帰るぞ」と、二人を促して引き上げようとする背に寂しさを覚えるのだから、困りものだと内心で苦笑する。  こうしてお休みを皆からいただいても、さしてしたいことは思い浮かばなかった。  ゴロゴロしてみたところで、ものの五分と持たず、私から仕事を取り上げたら何も残らないと改めて気付かされただけだ。  それで結局、近頃滞りがちだった庭仕事をしていたところに、宗太と奈津が遊びに来てくれたのだ。 とは言え、飛行機は勘弁願いたい。 奈津も宗太も日に日に成長して、抱っこがせいぜいである。 脇に道具箱を挟んで、片手で宗太を抱き上げている善次郎さんには流石の一言だった。 「そろそろ二人はお昼寝の時間だものね」 「またね」と、手を振る指先を宗太が握り込んできた。 「今日はユキちゃんと一緒にねんねする!」 「あたしもユキちゃんにご本、読んで欲しい!」 奈津が私のもう一方の手を引く。 「セキさんに読んで貰え。帰るぞ」 セキさんというのは、二人の面倒や、家のお手伝いに来ている還暦にほど近い女性のことだ。 「私は買い物に行くから、また今度だね」 今度とは社交辞令に過ぎないが、こうでも言わないとお開きにならないだろう。 買い物に行く予定は無かったけれど、折角ならばお気遣い頂いた下宿生の皆さんへのお礼に、何かお菓子でも作ろうかと妙案を巡らせた。 「リヤカーに乗りたいっ!」 思い立ったようにまた宗太が叫んだ。 そう言えば、前にもせがまれたことがあったことを思い出す。 「あたしもっ!」 何かを口にすれば、競うように二人がせがみ始めるのだから、少し居たたまれない気持ちになって来る。 いつもなら荷物が多くて彼ら二人を乗せるスペースが無いと断れるのだが、今日なら乗せられるだろう。 の約束のツケがここで回って来た。 「今日は荷が少ないので乗せて上げられます。連れて行っても構いませんか?」 「分かりました。俺が運ぶので、雪乃さんも後ろに乗ってください」 へ? 「い、いえ、あの、そういうことでは……」 止める間もなく、善次郎さんは私に宗太を預けて、納屋に向かってしまった。
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