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元々買い物はさして無かったのだ。
大事にリヤカーまで率いて商店街に赴いた私たちは、僅かばかりの買い物を済ませて、ガタゴトと帰路の最中に揺られていた。
その穏やかに揺れる長閑さに、奈津と宗太はリヤカーに寝そべりながらお昼寝をしてしまう。
差し詰め、これを揺り籠効果というのだろう。
「お仕事は良かったんですか?」
「偶にはこういう日があってもいいかと。うちの奴らに任せてきました」
何だか可笑しな展開になってしまったが、善次郎さんの背を眺めながら、クスリと笑みを零した。
「お父さんは大変ですね。ご苦労様です」
子供たちと遊んでいて、もっと一緒にいてあげたくなったのかもしれない。
「……俺も同じです」
「?」
「もう他人に深入りするのは御免だと思っていました」
善次郎さんは最愛の奥様を急に事故で亡くされた。
大事な人を失った反動を思えば無理もない。
「……もう、二年年以上経つんですね」
宗太が産まれてから一年ほどのことだった。子供たちの成長に、月日の巡りは早いものだと驚かされる。
「俺にはまだ、というほどの年月ですよ。なのに……、あいつを想う気持ちは今も確かにあるっていうのに、壁一枚を隔てたみたいに懐に納めて置けるようになりました」
気持ちの整理が出来たと言うのだろう。
「でも、それが後ろめたくもありました。何だかあいつを風化させていくようで……嫌だったんですよ」
私はただ頷いて、彼の言葉に耳を傾けていた。
「子供らを気に掛けてくれている雪乃さんに甘えることは、それを助長させるようで……、素直に受け取ることが出来ませんでした。なのに、こいつらはあなたにどんどん懐いていくし、煩いくらいにあなたの話ばかりするんです。母親を求めているくせに、その反面で忘れていく子供らを見ていると、何だかやるせなくてね。あなたにもキツイことを言ってしまいました」
『施しは要りません』と私に宣告したことだ。
遠慮などではなく、善次郎さんは私を拒否していたのだ。
距離を置こうとしている彼に気づいていながらも、私は気付かぬふりをして子供たちの求めるままに応じていた。
「あなたはあなたでグイグイ入り込んで来るし……」
すいません。本当にすいません。
「でも、だって、放っておけませんでした」
善次郎さんが足を止めて荷台を止めた。
「この子達に頼られることは幸せなんです。私でも出来ることがあるというのは、嬉しいばかりなんですよ」
私は安心して眠っている二人を覗き込んで微笑んだ。天使の寝顔だ。
「それですよ」
「?」
「雪乃さんがそうやって俺を落とし込んでいくんで、俺もあなたのことが気になってしょうがない」
落とし込む?
「伊藤があなたに想いを寄せていると知って、俺は譲って然るべきだと思いました。あなたは初婚ですし、お縁さんの言うように良縁だと納得して、応援しようと一度は腹を括りました」
譲る?
「でも、雪乃さんが伊藤の手を取らなかった時、俺はあなたとの間に強い縁を感じました」
「?」
話の筋が何だか視えなくなってきた。確か、これ以上子供らに関わってくれるなという話ではなかったのだろうか?
「可笑しな話ですが、俺でないと駄目なんじゃないかと思ったんです」
駄目って、何が?
「あなたが結婚を望まない理由、俺はやっぱりまるで納得できません」
射貫くような眼光に、私はたじろいだ。
善次郎さんは紛れもなく憤りを抱いている。
「ぜ、善次郎さん……?」
一体何をさっきから言われているのか。
「ここぞというときに逃げるような腰抜けだと思われているのは、はなはだ心外です」
「そ、そんなことは……」
思っていないが、思っていることになってしまうのか?
「あたなは縋るのが嫌だと言いましたが、所帯を持つことは縋ることじゃありませんよ?寄り添うことです。死が二人を別つまで、手を取り合って助け合うことです」
そうは言っても、そうであるなら母が切り捨てられることはなかったのではないのか?
「俺はあなたが寄り添うにあたう男だと証明します。あなたが素直に甘えられるように、もう遠慮はしないことにしますからそのつもりでいてください」
善次郎さんは言うだけ言うと、再び背を向けリヤカーを引き始めた。
私は彼の大半の言葉を咀嚼しきれずに、どうやって家路にたどり着いたのかも分からずにいた。
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