安心感

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 そんな浮ついた気持ちも、パリッとアイロンを当てた白い割烹着に袖を通して、手拭いをほっかむれば、全てが漲る力に変わる。  戦闘態勢は万全だ。  気持ち的には残像が見える勢いで、私は炊事場をちょこまかと動き回っていた。  さすれば、ほかほかのご飯が炊き上がる頃には、粗方全てのお料理が出揃うことになる。 「色が欲しいかな……」  味噌汁に、何か緑を浮かべたいと、選んだ野菜はほうれん草だった。鮮やかさでは群を抜くが、灰汁の強い野菜でもある。      時間と共に色味が落ちてくすんでしまうのを防ぐために、下茹でして椀種にする方が得策だろうと、準備する。  ほうれん草の根元は甘くて美味しい。手間だが、たわしでしっかり汚れを落として全部を使い切りたい。先ずは、根元に十字に切り込みを入れる。(たらい)に張った水にお湯を入れ、ほのかに温かいところに浸しておくと、自ずと根本が開いく。茎の合間に入り込んだ泥が簡単にまろび落ちていく。 これをしないと、丁寧に洗ったつもりでいても石を噛む恐れがあるのだ。  今朝の献立は、五目ひじき、だし巻き、ほうれん草と揚げの味噌汁、大根の浅漬けだ。  小鉢にひじき煮を盛り付けている頃に、最初のお客さんが食堂の暖簾を潜ってやって来た。 「「おはようございます」」  互いにあいさつを交わして、にっこり笑みを覗かせ合う。 それはもう、反射運動のような習慣で、どちらが早く挨拶を口にするかを競っている節がある。 「お疲れさまでした」 新聞配達員の作業着姿の彼は常連さんで、大抵は朝一番の顔だ。 彼はこの辺りの配達を終えれば、ひじり荘を最後に朝食を取るのだ。 「お、今日はイワシですか。朝から豪勢だな」 昨夜の残り物だが、早い者勝ちでサービスがあることを知っているお客は、彼の後に続く僅かのみ。 「早起きは三文の得ですからね」 彼のお膳に熱々の味噌汁と、ご飯を置いたのを皮切りに、お客さんがチラホラと舞い込んで来る。  最初の下宿生が顔を見せるころには、もうゆっくりと挨拶する間さえないほどの忙しさで、私は皆を送り出していく。
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