安心感

11/19
前へ
/101ページ
次へ
 家の方から、子供たちの賑やかしい笑い声が工房にまで時折聞こえてくる。 「親方ぁ、今日はチビらが随分と燥いでるみたいっすねぇ」 新人が伊藤に(かんな)の掛け方を教わりながら、家の方に聞き耳を立てた。 「そうだな……って、それ、削るのはそこまでだ。後は(やすり)で丁寧に仕上げろ」 新人の手元に顎先を向けて、指示を飛ばす。  従来の建具屋稼業だけでは先が知れていると受注を始めた手作り家具が功を奏して、そちらの生産が間に合わない状況にあるのだが、特注家具を売りにするなら、細部まで丁寧にこだわらないと意味がない。  食卓に上り始めた洋食が示す通り、今後は和製家具からの欧米化が進むと踏んでいた読みは的中し、工房はひっきりなしに忙しかった。  弟子の頭数を増やせども、育てるまでの先は長い。 「建具屋の筈が、近頃は家具職人っすよね、俺ら」 皮肉の言葉とは裏腹に湯葉が愉し気に目を細めて、うまい具合にアーチを描いた椅子の手すりを撫でていた。 「お前、和製家具にこだわりを置いていたくせに、近頃は宗旨替えか?」 弟子の成長に目を細めれば、湯葉は照れくさそうに眼鏡を上げた。 「親方が俺に言ったんじゃないっすか。『木の温もりは絶対に(すた)れない』って」 そんな台詞は覚えていなかったが、その言葉には納得に頷く。 「まぁ、そうだろうがよ。俺は無宗派だしな」 そこへ、歓声でも上げたような子供らの笑い声が木霊する。 「子供らの方も景気がいいみたいっすね」 雪乃さんが来ているだけでこうも違うものなのかと、俺も少なからず驚いていた。 「気になるようでしたら、先に上がって貰っていいっすよ。どうせもう昼時ですしね、あちらも待っているんじゃないですか?」 少しばかり拗ねたように零したのは伊藤だ。 どうやら雪乃さんが来ていることは、こいつらも知っていたようだ。 「さっき、俺らの分の昼餉を用意した方がいいのかを訊ねに来たんですよ」 家具の配送を任せている運送屋に、俺が応対していた頃合いだったと、湯葉は種を明かす。 「どうせ、俺は親方には敵わないってことですよ」 子守りに雪乃さんは来てくれただけなのだが、そうした思惑が無いわけでもないので黙っておく。 「ははっ、しょげるな、しょげるな。取り敢えずは、お前はもっと腕を磨けよ」 湯葉が茶化して、伊藤の腕を小突いた。 「分かってますよぉ、ちくしょうっ!親方はさっさと雪乃さんの手料理でも食ってきてくださいよ。俺らは弁当持ちなんでねっ!!!」 伊藤は気合を入れて次の資材を削り始めた。 「伊藤、ムラが無いようにしろよ」 気合に水を差すような忠告を入れて、俺は背を向けた。
/101ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加