安心感

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 家に戻れば、他人に深入りするのが怖いと零すような、心に闇を抱えた者とは思えない快活な声が届いた。 「それでは、これより芋虫作戦開始!」 雪乃さんの気合の入った掛け声に、襖を開ける手が止まる。 芋虫作戦って何だ? そっと部屋を覗けば奈津と宗太、それに雪乃さんまでもが匍匐(ほふく)前進で鬼ごっこらしきことを繰り広げている。 きゃは、きゃはと、子供たちは凄い燥ぎっぷりだ。 「芋虫攻撃ぃ始めっ!」 雪乃さんの声に反応して、奈津と宗太はゴロゴロと転げ始めた。 「止まれっ!」 ピタッと息を合わせたかのように止まる。 「動くな!息を潜めろっ!不味い、敵に視られている!」 敵――まさか、俺のことか?と、吹きそうになる口元を抑え込んだ。 まるで俺には気づいていない。 雪乃さんは、そうっと身体を起こすと二人に忍び足で近づき――。 「コチョコチョ攻撃ぃ」 愉しげに二人を擽りに襲い掛かった。 最終的には笑い悶える二人の逆襲を受けて、彼女は仰向けに降参を示した。 どうしたことか、大の字に伸びてピクリとも動かない。 (……?) 「……ユキちゃん?」 子供たちも彼女の反応の無さに不安を覚え始めて、覗き込む。 「隙ありっ!!!」 勢いよく飛び起きた雪乃さんの腕の中に、驚きに悲鳴を上げて奈津と宗太は諸共に捕獲されてしまう。 「あははっ、これにて作戦終了」 盛大に笑い合って、どうやら芋虫作戦とやらは終了したらしい。  雪乃さんはよく笑う。 悲しいことも、辛いことも、彼女は笑い飛ばしてきたのかもしれない。 俺は雪乃さんの過去を知るまでは、彼女の笑顔に何の疑問も抱いていなかった。 他人と深く関わることが怖いだって? 散々関わってきておいて? 寧ろ、人と深く関わることを是とする少々お節介な人だと思っていたくらいだ。  葵の奴は気付いていたんだな……多分。
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