安心感

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 「一生涯の雇用契約……」  役に立つ人間であることを証明するために、これまでどんな時でも全力で働いてきた。 それでもこれほど求められたことはない。  善次郎さんを唖然と見つめながら、私は彼との未来を思い描いていた。    善次郎さんの家の一間を間借りして、彼の言う受付業務や諸々を遂行し、お婆さんになるまで彼を支えることに尽力する。 この先もずっと、ここにいて良いのなら、奈津や宗太の成長も見届けることが出来るだろう。 傍にいられるのだ。 それも一生涯。 覚えたものは安心感だった。 でも、もしも役に立てなくなったら? 少し過った一抹の不安。 けれど、それは誰の元で働いていたとしても同じだ。誰に仕えたにせよ、お払い箱には違いない。 ツキリと胸に痛みを覚えた。 彼にお払い箱を宣告されたなら、その時はきっと誰に言われるよりも、痛みとなって返ってくるだろう。 でも、そうなる前に自分から身を引けばいい。 それできっと事は済む。 それならば、彼の元でいいのではないだろうか? 彼は保証してくれた。 沢渡善次郎は誰より信頼できる。 不当な理由で彼は私に解雇宣告などしないだろう。 もしも、もしも、経営が立ち行かなくなったとしても、私は、私だけは給金をいただけなくとも、彼を支えてひた走ろう。 きっと、ひた走れる。 私は気付けば彼の元で働いていい理由を上げ連ねていた。 でも、もしも彼に慕う人が現れたら? さっきよりも、もっと、ずっと、心が痛んだ。 『はい』と、頷きかけていた口が引き結ばれてしまった。 耐えられるのか? その仲睦まじい様子を眺めながら、それでも、私は献身的に働くことが出来るだろうか? 膝に置いた手を、私は知らず握り込んでいた。 ――出来ない。 それでも良いと、献身的に彼を支えて生きる覚悟は出来なかった。
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