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 頭の芯の部分がのぼせている気配はあるけれど、私は思いのほか落ち着いて『ひじり荘』に戻って来た。 『ご隠居さんには近いうちにご挨拶に伺います』 善次郎さんは名残惜しむように私の手を包んで、はっきりとそう告げてくれた。 「……」 駄目だ、思い出すとくらくらする。 パチ、パチと頬を叩いて、気合を入れる。 「さぁ、買い出しに行かないと!」 (みなぎ)るほどに気合は十分だ。 私はリヤカーを引いて商店街に赴いた。 そしてただ今、私はじゃが芋が半値と知って、肉じゃがにするかコロッケにするかで目を彷徨わせていた。 「お安くしとくよ、ちょっと奮発してすき焼きなんかどうだい?」 肉屋の主人が揉み手をしながら、言い添える。 お安くする気なんて雀の涙ほどだろうに、すき焼きなんて盆か正月でさえできるものでもない。 やはり牛肉はお高いな。 ここはやはりコロッケか……。 主人をがっくりさせるも、私は挽肉に追加して鶏肉も買い求めた。 「毎度っ!」 本当に現金な商売人だ。  鶏肉は明日の献立用に買い求めたもので、鶏の天ぷらに合わせて、キノコをたっぷり入れた炊き込みご飯にしようか。などと考えているところで、誰かに肩を掴まれた。 「――君、野乃ちゃんじゃないか?」 野乃ちゃん――髪の生え際が厭な感じにざわついた。 紺――随分と語呂の悪い名は母方の姓に改められた名残だった。 そこを組み合わせた呼び名で、私を呼ぶ者の心当たりは一人しかいない。 私はそれと気付かれないよう身を強張らせて振り向いた。
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