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六年も経てば人は随分と変わるものだ。 「ご無沙汰しております。山下支社長」 この男に会うのは六年ぶりのことだった。 そう、あれから六年も経っている。 七三に分けた髪は以前と変わらず気取っているものの、白髪が幾筋か混じり始めていた。 この四十を超えたほどの男は、私の以前勤めていた工場の取引先の支社長だった。 「へぇ、やっぱり。僕の思った通り、別嬪さんに育ったなぁ」 上から下まで値踏みするように私を眺めまわす。その以前と変わらない様子に、私は一層に身を固くした。 「支社長もお元気そうで……」 所詮は社交辞令だ。『何よりです』までは、わざわざ言う必要も無いだろう。 「ちょっと僕はこちらに用があってね。君はこの近隣に住んでるの?」 「いいえ、偶々足を運んだだけです」 嘘も方便だ。 「急いでおりますのでこれで失礼させていただきますね」 会釈して別れの挨拶とし、私は先程、買い求めた肉類をリヤカーに積み込んだ。早くこの場を立ち去ろうと、持ち手の柄を引き上げる。 「随分買い込んでるなぁ。家族分ってわけではなさそうだねぇ。食堂でも開いているの?」 私の進路を塞ぎ、詰め寄るようにしてリヤカーの中を覗き込む。 「ええ、まぁ」 素気無い返事をしながらも、如何にするのが得策か私は退路を探していた。 「ちゃんがあの工場から急にいなくなったと聞いて、僕がどんなにショックだったか分かる?何の挨拶も無い何て酷くないか?」 リヤカーを背にして逃げ場のない私を面白がるように、息のかかる距離でわざと甘い声音を落とし込んで来る。 私の背に怖気が走っていることは、きっと彼にも伝わっている筈だ。 どうやら、飼いならしたいペット熱が再燃したらしい。 六年を経ても、彼は何ら変わっていなかった。  
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