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黄昏時とも逢魔が時とも呼ばれるその刻限、『ひじり荘』の釜土からいい匂いが漂い始めれば、真っ先に駆けてくる小さな足音が二つある。
「「ユキちゃん、お腹減ったぁ」」
育ち盛りの幼い姉弟の台詞は決まって、それだ。
「はい、お味見してね」
私が二人の姉弟の前に差し出したのは、大きく割いた白いお豆腐の浮いた『けんちん汁』。
姉の奈津は直に五つ、弟の宗太は三つになった。
この二人は『ひじり荘』の裏手にある建具屋のお子さんで、一昨昨年の暮れに母親を交通事故で亡くしていた。
近年、自家用車の普及とともに、交通事故による年間死亡者数は一万人を超えている。『交通戦争』と呼ばれるこの現象が、一日でも早く解消されることを望んで止まない。
「「いただきます」」
二人はきちんと合掌して、ぺこりとお辞儀をした。
私に向けられた小さな頭が可愛らしくて、愛おしくてならない。
「はい。どうぞ、いただいてくださいな」
これから食堂は戦場になる。
私はささやかな癒しを彼らに貰って、炊事場に戻って行く。
『施しはやめていただけませんか?』
愛らしい彼ら二人の父親――沢渡善次郎に、釘を刺された言葉が頭を過る。
男手一つで育てるのは大変だろうと、お隣のよしみで気に掛けているのだが、どうも近頃旗色が悪かった。
(はい、はい。施しでなければいいのでしょう?)
私の中で、そんな彼の言葉はあっさりと忙殺される。
(だって、放っておけないでしょうがっ!)
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