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 泣きたくなるほど怖いと思ったのは彼も同じなのかもしれない。 「大丈夫です。いなくなったりしません。私は強運なんです」 これは虚栄などでは無く、ただの事実だ。 林さんのことだけではない。私はこれまでも、たくさんの人に救われてきたのだ。 「絶対にです」 そして今、私は自分の手から救いたいと望んだ人の手を取った。 「善次郎さんのところにいつだって帰ってきます」 これ以上にないほど、真摯に誓いを立てた。 安心して貰えたのか、彼の目が柔らかに緩んだ。 彼の手が私の頬にそっと触れる。人肌を求めているのは私も同じだった。 その手に擦り寄るように、私は彼の手を包み込んで目を閉じた。 まるで猫のように、彼の温もりに甘えてしまう。 「……宗太の気持ちは、俺には良く分かるんです」 溜息を吐き出すように善次郎さんは呟いた。 「あなたを独り占めしたくて堪らないんですよ。あなたを恋しがって、いつまでも泣き喚く宗太に、俺だって我慢してるんだぞと、次第に腹が立って来て、今日は感情に任せて叱り飛ばしてしまいました」 あなたのせいです。と、言うが早いか、彼は私を掻き抱いた。 「さっきの言葉は戯言なんかじゃない。丸ごと本心です」 『夜這いです』耳奥に甦えった声に息を呑む。 彼の唇が私の首筋に触れるでもなくギリギリを掠めていく。 彼の手が髪を掻き揚げ、曝した耳朶に口づけるでもなく息遣いを伝えてくる。 体温や吐息だけで彼は私を侵し、薄皮一枚の距離を隔てて弄んでいく。 そのミリ単位以下の距離感は、まるで(かんな)を掛けられているかのようだった。 丁寧に、それでいて大胆。 なのに甚く繊細。 そんな風に肌を掠めていく彼の熱情に、視線に、私は身を強張らせた。 怯えなどからでは決してない。 これは期待だ。 触れてほしい。 希ったその苦しいまでの感情が、私の喉元より漏れ出てしまう。 「はんっ……」 お腹よりもその奥、身体の一部ではないような奥底から疼く、果ての無い切望に、私は身震いしてしまう。 「ぜ……善次郎さんっ……」 彼の服を握り込んで、心が、身体がどうにかなりそうだと訴える。 ようやくにして、彼は私を解放してくれた。 「少しは俺の欲情を理解していただけましたか?」 り、理解? 理解なんて、そんな生易しいものだったろうか? 「このまま掻っ攫って、奪ってしまいたいのは山々なんです。待たされている分、きっちり応えていただきますからね」 腰が砕けそうな私はもう、何一つ反論など出来そうになかった。
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