疎外感

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「親方ぁ、俺らいつになったら仕事納めになるんっすか?」 新入りが、出来たばかりの格子引き戸に障子を張り付けながら阿呆なことを聞く。 「納期分が終了したらに決まっている」 「げっ!!それって先月までの受注分ですよね?」 次いで叫んだのも同じ頃合いに入った奴だ。 障子に襖の修理や張替を中心に、年末に向かうほど建具屋稼業は追い込みだ。 駆け込み需要で、てんやわんやは例年のこと。 流石に伊藤や湯葉は、そんな愚問を口にはしない。 「あの……終わりますか?それ?」 「うるっせぇ!!!終わらせたら終わんだよ、口より手ぇ動かせ」 俺に代わって怒鳴り散らしたのは、湯葉だった。 (これは、大夫来てるな……) 普段、温厚な湯葉がキレ始めたら潮時だ。 チラリと目を向ければ、伊藤の方は、屍の一歩手前に目が据わっていた。 「おし、今日はもう上がっていいぞ。お疲れさんっ」 「って、親方だけに任せて俺らだけで毎回毎回上がれませんよ」 「完成度は落としたくない。俺は感謝してるし、明日のお前らに期待するところのがでかい」 「親方……」 頭を下げて工房を出る弟子らに向かって、背中で手を振る。 急に静かになった工房で、桧の木を削る小気味良い音が空を切り裂いていく。 匂い立つ木の香りも勿論だが、俺はこの音が好きだった。 俺が今手掛けているのは壁掛けの神棚だ。 柔らかく(たわ)ませた格子扉。それを開けば御神体が拝めるという代物。 曲木技術を利用して生まれた発想だった。一つ一つの格子を撓ませ、丸いフォルムの扉が斬新で洒落ている。 その出来栄えを確認して目を細めた。 良い出来だ。 これが終わったら、こっちのが済んだら――。 その都度心は逸るものの、その先に向かう目途が立たない。 「後はこれも粗方しとくか……」 気付かぬうちに、あっという間に夜が深まり、一気に冷え込む時間帯に差し掛かったことで顔を上げた。時計を見て、寒い筈だと納得する。 「しまった……。今日も会いに行けなかったか」 思わず零れた言葉の不甲斐無さに、頭を掻いた。 忙しさにかまけて、暫く雪乃さんに会いに行けていない。 寂しがっているかもしれないと、思えるほどには彼女との距離は縮まっていた。 (……たぶん)
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