疎外感

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 忘年会を兼ねた祝賀会を目前に、最終予算と人数を示した書面を京橋さんから受け取る。 封筒の中の金額を確認して、確かにと受領印を手渡した。 「随分と人数が増えたんですね」 予算が増えたことは喜ばしいが、預かり知らぬ人が多いことに眉を(ひそ)めた。 「向井の友人や、仕事先のにも声を掛けたら、単に安く飲みたい奴らが存外に集まったんです」 祝賀会という当初の趣旨がズレ始めていることに苦笑する。まったく困った人たちだ。 「これを機に、食堂でも酒を解禁させてはどうですか?」 解禁の言葉に、私は別のところで反応した。 「あっ!お酒は特例として今回に限り認めましたが、煙草は厳禁ですよ。外部の方であっても、規律違反を許しませんからね」 『ひじり荘』では禁煙を奨励している。 『煙草は百害あって一利なし』と、元医師であるご隠居さんの意向が働いているところが大きいが、火の不始末による火事を避ける上でも皆さんから了承を得ていた。 「分かりました。その辺はあらかじめよく言っておきます。でも、煙草はともかく『酒は百薬の長』って言うじゃないですか」 解禁を諦め切れないほど、京橋さんはお酒好きなのだろう。 京橋さんだけではない。 食堂の常連さんにも何度か『ビールはありませんか?』と、尋ねられることはあった。その度に、私は首を横に振ってきている。 「過ぎれば毒ですよ。それに、ここを居酒屋のようにはしたくないんですよ」 (たち)の悪い客も招くことになりかねない。 頭の固い女だと思われようと、私に方針を変える気は無かった。 「(いろんな意味で)向井さんにとっても、皆さんにとっても良い祝賀会になるといいですね」 羽目を外し過ぎれば次には繋がらないことを含ませた。 「手厳しいなぁ、雪乃さんは。たまにはその鉄壁のガードを緩めないと、沢渡さんにだって愛想を尽かされてしまいますよ」 善次郎さんの名前を出されて、要らない動揺が走る。 口元を戦慄かせて顔を歪める私を京橋さんは笑い飛ばした。 「ふはっ、ははっ。駄目だ、雪乃さん。何て可愛らしい顔をして見せるんです?」 「か、可愛っ???」 ど、何処がっ!? これは、あれだ。完全にからかわれている。 「き、京橋さんは、いつからそんな意地の悪い人に?」 にやけた目を向けている彼を睨みつけて黙らせた。 「いや、すいません。ちょっと鎌をかけてみました。どうやら本気で……惚れてるんですね」 そんなに多方面で分かりやすく駄々洩れ何だろうかと、気恥ずかしくて堪らない。 私は袖で顔を覆い隠した。 「本当に、もう、からかうのはよしてください」 「別にからかいたいわけじゃないです。俺もここは長いですしね。ずっと雪乃さんの飯を食ってきた手前、なぁんか悔しいんですよ」 悔しい? 「あの人の後添いで、ちゃんと幸せになれますか?」 思わぬ人から思わぬことを訊かれて、私は赤面に伏せていた顔を上げていた。
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