疎外感

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 京橋さんは、意外なほどに真面目な顔を私に向けていた。 「すいません。紗代さんから少しばかり伺っています」 別段、隠す気も無く、遅かれ早かれ、話すつもりでいたことだ。 「皆さんには、きちんと年明けにでもお話をさせていただくつもりだったんです」 居を正して、私も彼に向き直った。 「年度いっぱいでここを巣立って、私は善次郎さんのもとに行くことになっています」 京橋さんは何ら驚いた様子もなく、頷いた。 「みたいですね。でも、それを聞いて素直に喜べなくて……何というか、少しばかり面白くない気持ちになりましてね」 彼は、その心情を表したような難しい顔をした。 「少しばかり都合が良すぎじゃないかと」   好都合――そう言われてしまえば、そうなのかもしれない。  血縁でもない私は、いつまでもご隠居さんのご厄介になっているわけにもいかない身だ。 善次郎さんが私を求めてくれなければ、私は住むところはもとより、職探しから始めなければならなかった。 でも――。 「それで彼のところに行こうと思ったわけではありませんよ。行く宛てなら……、多分すぐに見つかったと思いますし」 不況の煽りがあるならともかく、景気は上向きだ。 『最早戦後ではない』 経済白書の序文にも記され、数年前には流行語となったその言葉通りに、きっと、この国は益々豊かになる。  それに、路頭に迷わないだけの貯蓄もしてきたつもりだ。 「そうですよ。雪乃さんなら引く手数多の筈でしょう」 そうまでは言わない。 女性の社会進出がそれほど甘いものではない現状を、京橋さんはきっと知らないのだ。気にとめたことなど無いのかもしれない。それほど取るに足らない扱いにあるのが、今の女性の社会的地位だった。 「女性の平均賃金は男性に比べて淡雪のようなものです。女性が自活していくことは、職があったとしても厳しいことに違いはありません」 それでも、それを秤にかけて善次郎さんの手を取ったわけではないのだ。  京橋さんが言うように、善次郎さんも私の心をそんな風に捉えているのだろうか? (……違うのに)  形の無いものを証明することの難しさに、私は今更ながらに気づかされる。  此処で京橋さんを相手に悠長に話している場合ではないのではないか?  不意に焦燥感が湧いて来る。  近頃は忙しさにかまけて、善次郎さんとゆっくり話も出来ていない。そのことが拍車をかけて、不安を煽って来た。
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