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「ゆ、雪乃さん?ちょ、ちょっと、待ってください。何だかさっきから見当違いなことを考えてやいませんか?」
私があまりに心許ない顔を見せてしまった為に、京橋さんが慌てたように私の肩を掴んで、揺さぶった。
「俺は雪乃さんのことを言ったんじゃありませんよ。あの人に対して思うところがあるんですよ」
「は……はい?」
あの人って、善次郎さんですよね?
「チビらがあなたに懐いているのをいいことに、都合良くあなたを娶ろうとされているんだとしたら、俺は……多分、俺だけじゃなく皆も納得しませんよ」
少しばかり眇めてしまった目を、京橋さんはバツが悪そうに逸らした。
「すいません、これではただのやっかみですね」
苛立たし気にぼそりと吐き零す。
「京橋さん……?」
彼は小さく嘆息して、いつもの落ち着いた目を私に戻した。
「雪乃さんは人の好意に鈍感っていうか、いつも逃げ隠れしていたでしょう?」
逃げ隠れ――それは随分な言いように思うが、正直、男の人は苦手だった。
不用意に近づくことを避けていたのは確かだ。
「ずっと独りで生きていくつもりだったんです」
そうすれば、きっともう傷付かないで済むと思っていたのだ。
「それでいいと、いろんなことに見切りをつけて、納得していたんですよ」
京橋さんは何を言うでもなく、私の言葉を受け止めていた。
「ご心配を掛けてしまって……」
すいませんと謝り掛けて、私は口を噤んだ。
謝罪では間違っていると、言葉に違和感を覚えたのだ。
「いえ、ありがとうございます。頑なに片意地を張った可愛げのない女ですのに、心配していただけて嬉しいです」
素直に心のままの感謝を伝えて微笑んだ。
それは当たり前でしょうと、京橋さんは苦笑する。
「雪乃さんが迎えてくれるここは、いつだって居心地が良かったんです。俺らは随分と甘えさせてもらってきました。だから、あなたには幸せに成って貰いたいと思ってるんですよ」
「本当に、ありがとうございます」
今度こそ、間違いなく、一番良い笑顔を私は彼に向けていた。
しかし、京橋さんの大きな掌が私の視界を遮ってしまう。
「ちょっと……流石に困りますよ。いきなりそんな顔を向けられれば、面喰うでしょうが」
なんだか、また随分なことを言われてしまった。
どうすればいいのか困るのはこちらの方だ。
「後添えで本当に構わないんですか?あの人は雪乃さんをちゃんと一番に想ってくれているんですか?」
京橋さんも開所以来の付き合いだ。おそらく、奥様想いだった善次郎さんを知っているからこその言葉だったのだろう。
「一番かどうかはともかく、身に余るほど大事にしていただいていると思います」
「身に余るって……」
胸に手を添え、しっかりと示して伝えたのだが、どうも納得がいかないらしく、彼は眉根を寄せた。
目に見えないものを尺度で表すことはどうしたって難しいのかもしれない。
「……とても、情の深い人です」
あの時――霙混じりの雨の降る夕刻。
葵さんの墓前に傘を差し掛け、動けずにいる彼の姿を見たあの時から、私は彼に寄り添いたいと心の奥で願っていたのかもしれない。
「寄り添えるものなら、寄り添いたいと望んで私は善次郎さんの手を取ったんです。あの男でなければ、私は余所ごとだとそっぽを向けたまま、独り気ままに生きていますよ」
うちのご隠居さんのようにねと、私は舌を出してからりと笑った。
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