疎外感

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トロンとした顔つきで炊事場に顔を覗かせたのは、奈津と宗太だ。 「ユキちゃん、なぁんか美味しそうな匂いがするね」 おろしたての菜種油でコロコロと転がしながら、こんがりキツネ色になるまで私が揚げているのはフライケーキと呼ばれる代物だ。 小麦粉、砂糖、卵に牛乳を混ぜ合わせた種の中に、少し塩味を聞かせた餡を包んである。街の映画館の前にある露店で流行っていると噂に聞いた代物を真似てみたのだ。映画を見た後に、小腹の空いたお客が立ち寄るのだという。 「ふふっ、鼻が利くわねぇ。今日は美味しいお裾分けがあるのよ」  学校が冬休みに入ったことで、近頃は近隣に住む上の年頃の子供らに混ざって遊んで貰っているようで、お昼寝を終えたばかりの早い時分に二人が来るのは珍しかった。  手を洗っておいでと促せば、二人は喜び勇んで洗面台に駆けて行った。  その合間に油を切って、油紙の上に並べていく。  まるでお月見のお団子のように積み上げたフライケーキは、さっくりホロホロ、油がしつこくなければ成功だ。 「それが酒の肴になるんですか?」 その出来具合に満足している私に水を差してきたのは、善次郎さんだった。 「わゎ!?どうしたんです?」 勝手口から現れ出た意外な顔に、私は思わず声をあげてしまった。 (まったく、驚かさないで貰いたい) 善次郎さんが口を開くよりも早く、手洗い場から足早に戻る足音が割り込んで来る。 「ユキちゃん、洗ったよ」 奈津が手を広げて見せる。 トタトタと何やら文句を言いながらその後に続いて来るのは宗太だ。 きっと、奈津に置いていかれて喚いていたのだろう。 宗太は拭きもせずに来たようで、その手はびしょびしょに濡れたままだった。 「二人とも……そんなに慌てなくても、ちゃあんと食べてもらうから落ち着いてね」 宗太の手を手巾で拭って、ついでに顔も拭ってやる。 口周りにケチャップが残っていた。 「ふふっ。お昼はケチャップライスだったのかな?」 セキさんが作ったものを当てると、二人は目を瞠った。 「うんっ!」 「な、何で!?なんで分かるの?」 二人に覗き込まれた私は、口元に人差し指を当てて、声を潜めた。 『実はねぇ、魔法使いなの。知らなかった?』 「「嘘だぁっ!」」 まぁ、そうだ。 「まだまだ修行中なものだから、時間を掛けないと上手くできないの」 先程揚げた最後のフライケーキを二人の前で割って見せる。 キツネ色の表面から卵黄の色味をおびた白い生地が顔を覗かせる。 ほくほくと中までよく揚がっていることを確認した。 「ここから仕上げに魔法を掛けないとね」 二人に向かって片目を瞑り、私は得意げに呪文を唱えた。 「アラブカタブラ、アラブカタブラ、餡入りケーキになぁれ!ほいっ!」 「なったの?」 戸惑ったように宗太が私の袖を引く。 「なるわけないよ」 奈津が真っ当なことを言う。 「早く、早くっ!」 待ちきれない二人を階に座らせ、最初の方に揚げてあった粗熱の取れたそれを手渡した。 「さぁ、確かめてみて。お味見をどうぞ」 「「わぁあ!いただきます」」 輝いていた二人の目が、一口かじって更に煌めいた。 「入ってる!!!餡こだ!」 「な、何で!?」 騒ぐ彼らを前にして、私と善次郎さんは顔を見合わせ吹き出した。 「くふふっ、最初の一つはこの為にわざわざ仕込みを?」 そんなわけがない。 単に最後の一つは餡が品切れになっただけだと、肩を竦めた。 「巧く活かされました。お酒のアテにはならないかもしれませんが、向井さんは甘党なので、喜んでくれるかなと期待するところです」 二人の絶賛に綻んだ顔が保証してくれていた。
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