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又しても、敷居が高い。
今も尚、賑やかしい食堂を後にして、私は善次郎さんの家の玄関口を前に、思わず肩を震わせていた。
冬の寒空だからというだけではない。
きっとこれが武者震いというものに違いなかった。
どうしてこうもハードルを上げてくれるのだろうか?
着飾っている私を見て貰いたい。
ただそれだけだった筈の願望が、いかんせん、今は欲に塗れている気がした。
『帰しませんから、そのつもりで』
去り際に、善次郎さんが耳打してきたその言葉で、私の意識はほとんどをかき消されてしまう。
仕事納めだった今日の仕事を、どうやって納めたのか記憶に薄い。
『雪乃さん、熱でもあるんですか!?しっかりしてくださいっ!』
紗代さんに窘められた声も随分と遠いものだった。
何とも締まらない仕事納めだったと、今更ながらに溜息を零してしまう。
「帰るつもりでした……よ?」
言い訳のように小さく零す。
『夜這いです』
次いで、地雷を踏むような台詞をうっかり思い出してしまった。
(どうして、今、このタイミングで……っ!?)
脳内で自身に罵声を浴びせ、顔を伏せた。
(い、いえ、そんなつもりは……本当に……まったく)
無いとは言い切れない下心。
キュッと、固く目を閉じて邪念を封じ込めた。
祝賀会には相応だろうと思い、着飾ることにためらいはなかった。
寧ろ、紗代さんとお洒落を楽しみながら、互いの様相に満足して笑い合っていたのだ。
先程は、晴れやかな気持ちで皆さんと乾杯を果たしてきたけれど、此処へ来て急に晴れがましい装いに思えてならない。
でも、誰より善次郎さんに見て貰いたいという思いは本当だ。
そうでなければ着飾った意味がなくなると、私は顔を上げていた。
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