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ストーブの上でお湯を沸かしながら、何をするでもない手持無沙汰から緊張が解れてきた。
新聞を広げて暇つぶしを終えれば、いよいよすることも途絶えてしまう。
「本当に、遅くまで……」
工房の灯りを眺めて、ここで待つことしかすることのない身が申し訳なく思えた。
『パリッとした気持ちで新年を迎えて貰いたいですしね、後ひと踏ん張りです』
彼のそんな声が届くように、灯りはいつまでも眩かった。
襖や障子の張替え、建具の修理を依頼する人ばかりでなく、手にした冬の賞与で新しい家具を新調しようとする人も多いと聞いた。
『そちらの方はもう年を跨いで貰うしかないと、断りを入れているんです』
申し訳なさそうに、彼は肩を竦めていた。
私は物の良し悪しが分かるほど目が肥えているわけではないが、善次郎さんの腕は噂通りに秀逸だと信用していた。
「伝統工芸の工業化が出来れば生産体制も安定するんでしょうね……」
かつて勤めた工場で流れていた既製品の数々のラインを思い浮かべた。
「……味気ない」
思い浮かべた画が、何だか彼の手を切り売りしているようで嫌だった。
でも時代の流れはそこにあると、紙面にも報じられている。
戦後復興を遂げたこれからは、ますます大量生産、大量消費は加速してゆくのだろう。
『他人と同じなんて、つまらないじゃないか』
ブティックを経営するお良さんの言葉に賛同する。
ブランド――『意味のある差』を誇示した商品をお良さんは手掛けていた。
善次郎さんもそれを作り上げる手だと、私には思えた。
素人の私に何が言えるものだと言われてしまえばそれまでだが、善次郎さんが鉋を掛ける姿は、まるで芸術を目にしたように、心に焼き付いていた。
(――凄く、綺麗だったもの……)
まるで天女の羽衣を生み出しているようであり、完成した家具は圧巻する美しさを纏っていた。
「商標登録してブランド化すれば、供給と需要のバランスが図れるかもしれないわ」
『ViVi』は誰もが羨み、一度は手にしてみたいと望まれるが、誰もが容易に手に出来ない価格にある。
「ふふっ、丸善家具とか?」
そんな贔屓目たっぷりかもしれない愉しい構想を抱きながら、私は工房の灯りが消えるのを待っていた。
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