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私はと言えば、腰が砕けて使い物にならない。
半ば、呆然としながら唇に触れる。
「あれは……キスだったの?」
男と女の情事など、これまで眼中になかったために勝手がよく分からない。
正直に白状すれば、大丈夫な方だと思っていた。
生娘には違いないが、純情では無いと何の根拠もなく思っていたのだ。
妾に望まれたり、手籠めにされかけたりと、随分な経験を積んで来たと思っていた分、好いた男に望まれることなど、寧ろ望むところだと考えていた。
なのに――。
「……なんで泣いてしまったんだろう?」
怖かったのは確かだ。
自分の身体を侵食されるような感覚に怯えた。
予想していたよりもずっと荒々しかったことに翻弄された。
でも、いやだった訳では決してない。
「一つも思わなかったもの……」
けれど怯んでしまった。
彼の口端を汚した紅は、獣が血肉を喰らった痕を思い起こさせた。
きっと男というのは野獣の性を胸の内に秘めているのだろう。
そんなことを思うのに、傷を負ったかのように顔を歪めたのは彼の方だった。
私が同じ温度で受け止め損ねたせいで、きっと傷付けてしまった。
(……怒らせた?)
いえ、もしや嫌われてしまったのではないだろうか?
足元から得も言われぬ恐怖が駆け上った。
――そんなっ!
それこそ泣きそうになりながら、私は慌てて善次郎さんを追っていた。
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