疎外感

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 脱衣所の戸は無防備に開いたまま、浴室までの様子を覗かせている。  籠に脱ぎ捨てられた衣服は間違いなく、彼の着ていたもの。 「善次郎さん?」 浴室は暗いまま、灯りは点けられていなかった。 けれど内に人がいるのは明らかで、水を派手に打ち浴びている。 桶に水を貯めては頭から被っているその様は、まるで滝にでも打たれているような物々しさにある。 格子引き戸に填められたスリガラスは何度も跳ね水を受け止めていた。 (しゅ、修験者ですか!?) 声を掛けていいものか、口を開けては閉じてを繰り返し、意味も無く伸ばしかけた手を空で彷徨わせてしまう。 「あ、あの……善次郎さん」 激しい水音のせいで、脱衣所の外からの声では届きそうにない。 意を固めて、浴室の扉口にまで進み出た。 私は医師であるご隠居さんの助手だったこともあり、元々男の肌など見慣れたもので、どうということもない筈なのに、痴女にでもなった心地である。 こうも動揺するのは何故なのか? 『旦那様、お背中を流しても良いですか?』 唐突に、かつてのお妾さんの言葉が脳裏を過ぎる。 (だ、だから、どうして、、思い出すのよぅ……) 阿保か!?と、罵る気力も情けないほどのもので、私は額を抑えて項垂れた。
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